かおる

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 幾年前からやってきたどこかの星の微かな光だけに照らされた宇宙船内。重力を忘れた私はただその船内をプカプカと浮いて、窓の外の星を見ていた。
 たぶん私が地球にいた頃に見ていたはずの星もあるのだろう。
 一度目をつむり、眠ってしまった家族を起こさないよう、静かに望遠鏡を覗き込んだ夜を思い出す。
 けれどそこには何もなかった。
 黒い丸の中にあった沢山の白い点。それらがどんな風に輝いていたのか。
 眠っていた家族はどんな顔だったのか。
 無理矢理思考を断ち切って目を開く。黒い丸窓では星々が輝いている。息を吐いて今の寂寥を胸から追い出した。
 持っていけなかったものはあまりにも多い。一つ一つを悲しんでいては、悲しみの澱で体が重たく沈んでしまう。

 何もない船内にアラームが鳴り響く。
 無重力の空間を泳ぐようにして、床近くの重力スイッチをオンにする。途端に体が重さを思い出して、ドサリと床に倒れ込んだ。
 起き上がってアラームを止めれば食事が出てくる。仕組みも原理も忘れたが、この小さいキューブを食べ続ける限り明日が続いていく。
 それを一口で放り込んで、飲み込んだ。
 それから椅子に座り日報を書き始める。
 昨日のデータを振り返り、日付と地球を出てからの日数を確認し、機械的にそれに一を足した。
 昨日は日付の後はその日に目に映ったものについての記述が続いていた。
 今日もそれに倣って書こうとして手が止まる。
 どうして日報を書いているのかわからなくなってしまった。書いたところで誰が読むのだろうか。
 もう戻れない場所にいる誰かか。
 顔も思い出せなくなった家族か。
 いるともしれない宇宙人か。
 沈み込みそうになった思考を引き上げる。先ほどの記憶に引きづられているようだ。
 これ以上何かを考えてはいけないと警鐘が鳴る。
 一つ息を吐き出した。
 止まっていた手を無心で動かし始める。
 今日は唯一の読者に向けての言葉を綴ることにしよう。


××××年×月×日
地球を出て××××日目

おやすみなさい
また明日

5/23/2024, 9:16:30 AM