せつか

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「何度も何度も、彼はこうして終わりと始まりを繰り返すんだろうね」
凪いだ湖面を見つめたまま、男は静かにそう呟いた。
鏡のように静まり返った湖はただそこにあるだけで何も答えない。男の隣に佇む女はそんな湖と、男を微笑みながら見つめている。
「生きとし生けるもの、みんなそうじゃない?」
白いドレスの裾がわずかに濡れている。
「何かを終わらせて、何かを始めて、またそれを終わらせて·····そうして営みを繋いでいくものでしょう?」
「それは確かにそうだけど、彼は少し事情が違うだろう? 〝君の愛し子〟は」
含みをもたせた男の言葉に、女は笑みを深くする。
静かな湖面にどこからか舞い落ちた花びらが一枚、音も無く漂っている。その微かな揺らめきが、鏡の
ような水の膜に確かに働く力の存在を知らせている。
「あの子は愛して、愛されるように〝つくった〟の」
女の答えもまた、含みを持たせたものだった。
「唯一無二の愛を見つけて、終わらせて、その美しさを私に伝えて。そうしてまた別の形の愛を始める。あの子は〝そういう存在〟なの」
女の声は歌うようで、だがどこか不吉な響きを持っている。男はそんな女の横顔を見つめて、深く長い息を吐く。
「·····彼はソレに気付いてないんだね」
「そうね。でも気付く必要なんて、無いでしょう?」

いつの間にか、女は湖に腰まで身を浸していた。
だがそれでも男と交わる視線の高さは変わらない。その歪さを、男はとっくに理解している。
白いドレスは鱗のように変質し、女の肌と一体になっている。
舞い落ちた薄紫の花びらが、女の指の先でくるくると回っている。

「次はどんな素敵な〝愛〟を見せてくれるのかしら?」

女の声に孕んでいたのは、慈愛などでは決してない――。
感情の無い男でも、それだけは分かった。


END



「終わり、また始まる」

3/12/2025, 4:32:39 PM