星乃 砂

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【突然の別れ】

登場人物
 高峰桔梗(たかみねききょう)
   樹     (いつき)
 桜井華 (さくらいはな)
 犬塚刑事

別れは突然訪れた。

学校からの帰り、家の回りが騒々しい。何かあった様だ。家に近付くにつれ人の数が増え、みんなが私を見ている。
家の前にはパトカーが止まっている。一瞬身動きが出来無くなった。
「キョーちゃん、家に入ってはダメ!」隣りのおばさんの制止を振り払い家の中に入った。
私は玄関先で氷付いた。
床も壁も天井も真っ赤に染まっている。モニターやスクリーン越しにしか見たことのない景色が現実のものとして、私の瞼に焼き付いた。
もう一歩も動けない。
後のことは覚えていない。

気が付くと、隣りのおばさんの家で横になっていた。
「お気付きになりましたか」婦人警官に声を掛けられた。
「何が、何があったんですか?父は母は、弟は無事なんですか?」
30前後の男が割って入ってきた。
「落ち着いて下さい。
私は捜査一課の犬塚といいます。今から事件の経緯を説明します。今日1時半ごろ、お宅に空き巣が入ったようです」
「私が、ガラスの割れるような音を聞いたのよ」と、隣りのおばさんが口を挟む。
「そこに運悪く、お父さん達が帰ってきて鉢合わせになった様です。残念ながらお父さんとお母さんは胸や腹などを刺されお亡くなりになりました」
「そ、そんな。弟はどうなったんですか?」
「弟さんは病院で治療を受けています」
「無事なんですね」
「かなり厳しい状態だと聞いています」
「私を病院に連れて行って下さい」
何とか一命は取り留めたものの予断を許さない状態で、今夜が峠だと言われた。
犬塚刑事が、その後の操作内容を説明したくれたが、何を言っているのか、まるで頭に入ってこない。犯人はまだ捕まっていないことだけは理解できた。
どれだけの時間が流れたのだろう。
看護師さんに体を揺すられ我に返った。
「先生からお話があるそうです」
「樹は?」
「峠は超えました。もう大丈夫です。弟さんはよく頑張りました」
「先生ありがとうございます」
涙が溢れて止まらない。
事件後、初めて泣いた事に気がついた。
そのまま意識が遠くなり、深い眠りに落ちた。

どのくらい寝ていたのだろう。
目を覚ますと、そこは病室のようだった。
一気に記憶が蘇る。
夢だ。今までのは全て夢だったのだ。
自分にそう言い聞かせたが、病室にいる理由が見つからない。
その時、看護師さんが病室に入って来た。
「気付かれましたか。今、先生を呼んできますね」
「弟は、樹に合わせて下さい」
「落ち着いて、先生を呼びますから」
「具合の悪いところは無いですか?あなたは2日間眠っていたのですよ」
「2日も、私は大丈夫です。弟に合わせて下さい」
「弟さんはまだICU(集中治療室)にいます。命の危機は脱したのですが、意識が戻らないのです。しばらく様子を見ましょう」
私は樹の手を握り話しかけた。
「樹もう大丈夫よ、何も心配する事はないわ。後はお姉ちゃんに任せて、ゆっくりお休みなさい」
その後、若い刑事さんと一緒に事件後初めて自宅へ帰った。
「あまり部屋の中は見ずに必要なものだけ持ち出すようにして下さい」
そうは言われても、余りにも大量な血痕は嫌でも目に入ってくる。やっぱり現実なんだ。堪え切れず溢れる涙を拭いもせずに鞄に荷物を押し込んだ。
外に出るとそこには、婦警さんがいた。最初にあった婦警さんだ。
「私は桜井華。しばらくの間、私があなたを預かる事になりました」
家族以外身寄りがないのでお願いすることにした。

「遠慮しないでね。私は母とふたり暮らしで部屋もひとつ空いてるから自由に使ってね」
「いらっしゃい。大変だったわね。内ならいつまで居てくれても構わないからね。遠慮しないでね。お腹空いたでしょ、それともお風呂が先かしら?」
「ありがとうございます。では、お風呂頂きます」
「ゆっくり温まってね」

考えれば考える程、現実の事とは思えない。どうしても受け入れられない。今は樹の回復だけを考えよう。

「ご馳走様でした。とても美味しかったです。片付けは私がやります」
「いいのよ、そんな事はあたしがやるから」

布団に入ったが、寝られるはずがない。
「桔梗ちゃん、まだ起きてる?」
「はい」
「ちょっと話せる?」
「事件の進展があったんでか?」
「白昼堂々の犯行なのに、目撃情報がまるで無いんだ。それに、強盗犯の線と、怨恨の線でも捜査をしている」
「怨恨だなんて、そんな」
「お父さんやお母さんが誰かに恨まれてる事はないか?逆恨みかもしれない。怨恨の線が消えない限り、君の身も危ない。だから内で預かる事になったんだ」
「父はとても誠実な人です。恨みを買うことなんてありません。母だつて同じです」
「樹君が眼を覚ましてくれれば、犯人の顔を見ているかもしれないのに」
桔梗は毎日、樹に会いに行った。
事件から1週間が経つのに意識が戻らない。
「先生、樹はどうして意識が戻らないのでしょうか?」
「余りにも残酷なものを見たせいで、自ら殻に閉じ籠り、拒否しようとしているのかもしれません」
桔梗は樹の手を握り話しかけた。
「樹、眼を覚まして、お姉ちゃんをひとりにしないで、お願い」
桔梗の眼から一筋の涙が樹の頬に落ちた。
その時、微かに樹の指が動いた。
「先生、樹の手が!」
樹がゆっくりと眼を開けた。
「樹、お姉ちゃんよ。分かる」
「お姉ちゃん、ここ何処?」

次の日、犬塚刑事が事件当時の様子を聞きに来た。
「ボク、犯人の顔見たよ」
「それは、知ってる人だったかい」
「隣りのおばさんの弟だよ」
樹の供述により犯人は逮捕された。
調べによると、被害者の高峰家の裕福さを妬み、金品を奪う目的で強盗に入ったところ、高峰一家が帰宅し顔を見られたので殺害に及んだとの事である。犯人の姉は弟を庇う為に嘘の供述をしていた。

「華さん、おばさんいろいろと有難う御座いました。これからは樹とふたりで頑張っていきます」
「何言ってるの?住む所はどうするのさ」
「施設に入ることになりそうです」
「ここに居ればいいじゃないの。
物置部屋を片付ければ何とかなるよ」
「母もそう言ってるんだ、そうするといい。私も賑やかな方が好きだ」
「ボクもここがいい」
「決まりだね」
私に第2の家族が出来た。

           おわり

5/20/2024, 11:35:24 AM