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夏に影

未曾有の大地震によって
突如として全部を失った。
命までも…

 -気が付くと、ずっと昔に見て覚えていた
古いアルバムの当時30代の父と母が
その当時の若かりし姿で手を繋いで
笑い合って私の目前に立っていた

「おうジュンコ!お前も自由に元気にやれよ!」

父さんがそう言い母と顔を合わせると
2人仲睦まじく歩き出し
私の背中に手を振って
歩いて行った

母の父である
祖父、亡くなっているはずのおじいちゃんが
にこにこ笑い
遠くで手を振る

私は突然の開放感の中で
多少は戸惑いながらも
自分の命が尽きていることを知った

まるで歩行者天国を歩くように
人の交差し合う白いモヤの往来の中を自分も
どこへ行くのかわからないまま歩いた

フラフラと行く当てもなく
モヤと人の中を歩くと
一つの行列に出会した

人の川のように連なる一本道
周りの白いモヤが突如として消え
周りには蝉の鳴く田園風景が現れた
遠くには山々がそびえている

青い空とそこに浮かぶ入道雲

何事もなかったかのように
トンビが鳴く

細い舗装もされていない一本道を
人は歩んでいる。まるで登山にでも
出かけるような出立ちの人もいれば
浴衣姿にうちわを持つ人も居る

反対方向に降って来る人もいて
道幅はそんなに広く無いので
往来の最中お互いどちらかが
道を譲り合う場面もあった

小鳥の声が聞こえてくる
風がゆるゆるとそよいでいる
向かい風だけどごく弱い風だ

暑いけれど汗ばむほどの暑さではない
風が通るおかげだろうか

時々道祖神と共に
大きなどんぐりの木も生えている

歩いて行く途中
小さな子が水風船で遊びながら
お母さんとみられる女性に連れられ
こちらをチラチラと、
まんまるな目をしながら見やると、
女性に「はようせい」と、手を引かれ
たったか歩いて行った

ヒグラシの鳴き声が聞こえる夕刻頃
空は橙色に染まっていた。かと思うと
行く手のもう少し向こうから閃光が
小さくヒュルリ躍り出るや否や
どんっ!と音が鳴った
夕方からの花火か。花火大会かな…

気が付くと辺りでカエルの合唱が聞こえ出して
一番星も見えた。

のどかである。
田んぼでカエルが鳴いている

だんだん薄暗くなる道を登って行くと
T字路になり
土手の先に川が流れているようだ
さらさら水音が聞こえる。

いよいよ花火が大きく川の向こう岸で
花開いている

ヒュルル…どんっ!パチパチパチ…

花火は上を見上げて見ながら土手に座った
ふ、と気付くと川から
蛍の光がちらほら見えている
宙を漂いながら、ふうわり光って
ふうわり暗くなる

周囲に目を遣ると

人が楽しげに
話し込んでいたり、花火に
見とれている人も居る

川のこちら側の人がちらほら
透き通っているような気がする

どの人も花火に見惚れながら
思い思いの時間を過ごす中

私は、花火を見ながら
何故か泣けてきて

ただいま、戻りました。と
呟いた。

と…身体の中を風が駆け巡るような
感覚がした途端、指の先から足の先から
髪の毛まで段々と感覚がなくなって行く

重力も感じないし、ここの空気に
身体が溶け出しているように感じた

身体が風になって行く…

私は次の瞬間
雲の中を駆ける風になっていた
ぐるぐると雲を駆け巡る
稲光りを間近に見た。

気分はどこまでも行ける幸せを感じて
しかし再び重力を感じ始めて
あっという間に雨粒のひとつとなると

地面にぴしゃんと落ちた。

染み込んだ先に草の種が有り

今風にそよぎ、ふわっと揺れて
笑ったのが今の私

勿忘草。


6/30/2024, 4:11:00 AM