未知亜

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ㅤ昔買った小説を久しぶりに読み返した。あとがきの手前で本を閉じ、膝に置いて天井を眺める。
ㅤ田舎町で育った少年とその家族の、冤罪にまつわる話だった。その地域にしかいないとされる珍しい蝶の様子が、姉と過ごした記憶と相まって美しく描写されていた。
ㅤ当時私はこのシーンが大好きだった。回想を何度も読み返すうち、舞台になった場所があることを知った。これといって有名な史跡も名物も無かったが、蝶の収集家の間ではかなり知られた村らしかった。
「五月になったら行きたいかも!」
ㅤ村のことを話したら、あなては興味を惹かれたようだった。蝶が舞うと言われる短い季節に合わせて行こうと、約束までしてくれた。私が車を出すからと。
ㅤまさかそんなに前向きに考えてくれるなんて。反応が意外すぎて、上手く返事が出来なかった。
「え、どの辺で待ち合わせる?ㅤあ、もしかして、どっかで泊まる?」
「気が早いって。まだまだ先だよ。半年以上あるんだし」
ㅤそう言ってあなたは笑い、それきり果たされることはなかった約束——

ㅤ物語の最後に主人公が見た蝶は、愛しい姉の化身だったのか、それとも死に際の幻なのか。
ㅤあの日のあなたの言葉は、幻や嘘にしようなんて意図は感じられなかった。けれど、私に真意は分からない。
ㅤ私に残るのはあなたの声だ。消えることのない、遠い約束。


『遠い約束』

4/9/2025, 9:19:03 AM