【この世界に一つだけ何か出来るとしたら】
『三神、この世界に一つだけ、何か出来るとしたら何をする?』
月を背景に白衣を着た女にそう聞かれて、三神はポケットから煙草を取り出して火をつけた。
吸う間に少し考え、ふぅと紫煙を吐ききってから再度口を開く。
「ふむ、この世界とそっくりなコピーを作るのも良いし、良い出目が出るまで無限に世界をループさせるのも有りだね。それに、ある場所をこの世界から切り離したり、閉じこめるのもいい、この世界を自在に作り替えるのも良いですね」
「彼女のために?」
女の赤い髪が夜風に揺れる。女もポケットから煙草を取り出すと口に加えた。
「いや、自分のために」
ん、と顎をしゃくる女に三神は火を貸してやった。
紫煙を噴き出すと女は三神を見やって薄く笑う。
「珍しいな、彼女の為と思っていたが、ちゃんと加害者意識を持っているんだな」
「当たり前です。彼女の幸せな恋を捩じ曲げ、自分の物にしようと言うのですから、彼女の為ではない、が……たかが片思いで世界の理まで捩じ曲げる羽目になるとは思わなかった」
そうやって世界をいじくり、捩じ曲げても、今だ彼女は彼のものだった。
どうやっても彼女は彼を好きになり、三神には憧憬以上の気持ちを持つことは無い。
「恐ろしい片思いだな」
「ええ、何万と繰り返しても彼女はあの御曹司と必ず恋仲になって死ぬ運命だ。私を選べば死ぬことも無いのに」
煙草の灰を携帯灰皿に入れ、三神はその場に立ち尽くした。
月は明るく、いつもより少し大きく見える。
「好きな男と居られるなら、例え死んでも構わない。楽しい恋の内はそう言うもんだ」
「それ、前回の死に際に彼女に言われましたね……妙に心を抉られました」
「好きで好きで仕方ない内は、生きるも死ぬも飯食って寝るのもずっと一緒がいいもんだ。好きには隙が無いな」
はっはっは!と女は笑って細い紙巻き煙草を三神の灰皿に押し込んだ。
「本当に願えるなら、あの御曹司がいない世界を願うよ」
少し寂しげに、三神は呟いた。
9/10/2022, 8:49:16 AM