『心の健康』
ただいま、と誰からも返事が返ってこない一人暮らしの部屋の明かりを付けると、ダイニングの椅子に座る巨大なぬいぐるみからおかえりと声が聞こえてくる気がする。通勤カバンを置き、部屋着に着替えてメイクを落とし、それでようやくぬいぐるみに顔面からダイブすることができる。
「……落ち着く」
夕飯の支度をしなければ思いつつも、もう少し、もう少しだけと思ううちに半時間ほどは経過してしまう。けれどこれは心の健康を保つためには致し方ないことなのだ。
ぬいぐるみをお迎えする前は今よりもっと自堕落な生活を送っていたけれど、ある日のネットサーフィン中に巨大なぬいぐるみが目に止まった。気づけば指が勝手にポチっており、ぬいぐるみをお迎えするために散らかり放題だった部屋の掃除に次ぐ掃除をするに至った。自分のためにはがんばれなかったけど、誰かのためならがんばれた。私にとっての誰かは偶然のような必然のような形でここにやってきたぬいぐるみだったのだ。
次なるミッションは晩ごはんとぬいぐるみの写真をSNSにアップすること。名残惜しくも立ち上がった私にはぬいぐるみから送られた拍手が確かに聞こえていた。
8/14/2024, 6:30:15 AM