夜雨と春歌

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【上手くいかなくたっていい】



 ピリ辛の蓮根のきんぴらなるものを作ってみた。
 料理に慣れない春歌は、レシピサイトを開いたスマホを片手に、材料の用意から始める。
 鷹の爪を一本。まな板の上に乗せたそれは小さくて、蓮根の量に対してなんだか心許ない。レシピ通りに輪切りにしてみる。ぱらぱらと散らばって、頼りない気がした。
 ちょっとぐらい辛い方が美味しいよね。そう思って春歌は、全部で五本の鷹の爪をフライパンにぶちこんだ。
 結果。
 当然のことながら、辛かった。
 辛すぎた。
 経緯を聞いた夜雨は爆笑している。
 辛くてわたしには食べられない、嘆く春歌に、夜雨は笑いの名残を残したまま箸を取る。
「牛乳飲みな。大丈夫、おれ辛いの好きじゃん。むしろおれ向き」
 夜雨は、きんぴらを完食してくれた。
 辛い。でもウマイよ。もうちょい辛くても平気なぐらいかも、なんてうそぶきながら。
 ごちそうさま、と言ってくれた表情を、声を、ずっと覚えていたいと思った。



 テストが返却された後、夜雨は少し荒れる。
 破れそうなほどに握り締められた答案用紙の隅には、赤く大きく「98」の数字。
「なんでこんなミス……くそ、今見たら間違わないのに。見直しが足りなかった。詰めが甘いんだよっ! だからお前は駄目なんだ。本当、全然駄目だ。もう少しで満点、なんて何の価値もない。こんな問題も解けないぐらいなら死んだ方がいい」
 ぶつぶつと自分を責め続ける夜雨に、どう声をかければ正解なのか、春歌はいつもわからないでいる。
 鞄にしまわれたままの春歌のテストは、62点だった。平均点は78点だと先生が言っていた。
 ヨウはすごいよ! わたしの点数なんてさぁ、笑って話すのは違う気がした。
「こんなことやってる場合じゃない……勉強しないと……」
 参考書とノートを取り出した瞬間に、もう周囲の何も目にも耳にも入らない、集中した夜雨の隣で、春歌も静かに勉強道具を広げる。
 ミスなんて誰にでもあるよ。充分だよ! 次間違えなきゃいいじゃん!
 こんなにも頑張って、こんなにも追い込まれている人に、そんな気休めの言葉は言えなかった。

8/10/2023, 9:45:28 AM