赤とんぼ

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【モンシロチョウ】


28××年 世界は発展に発展を重ね、ついに3秒で地球の反対の国に行ける装置の一般普及化に成功した。

街は『酸素自動捻出装置』と『受粉の必要なく栽培できる植物の開発』のおかげで、草木が一本もなく、虫の廃絶にも成功している。
街はコンクリートに包まれ、太陽熱の対策のため透明の屋根に包まれている。昔は陽の光の下を歩くことが可能だったそうだが、今は温暖化の影響で太陽の下を歩くことが禁止されている。最初はそんな生活に市民の批判もあったが、今ではそれが当たり前のようになっている。時の流れとは恐ろしいものだ。

「今日は絶滅した生物についての授業です。みなさんもご存知の通り、今では人間と人工的に作られたペット以外の生物は全て絶滅しています。それらが何故絶滅したのか、学習していきましょう。」
黒板の前で学習AIが声を上げる。
僕は生物の教科書をペラペラとめくる。
一番最初のページに『モンシロチョウ』という虫が載っている。モンシロチョウは昔はどこでも見られたらしいが、今では既に絶滅していて、もし見つけることができたら、あっという間に大富豪である。僕は一度もモンシロチョウを見たことがない。再現VRや写真でしか見たことがないので、モンシロチョウが本当に存在していたのかも分からない。
別に見つからなくても何の問題も無いのだが、この生活はおかしいような気がする。何故だかは分からないが。

「こんなの間違ってる!」
放課後の部室、同級生のルシファーが声を上げる。ルシファーというのは昔はキラキラネーム、というものたったらしいのだが、今ではそのキラキラネーム自体が普通になり、キラキラネームなんて言葉は消滅しつつあった。かくいう僕も『ライフル』という名前である。
「何が間違ってるって言うのさ。」
僕は淡々とルシファーに聞く。
「何もかもがだよ!おかしいと思わないか?だって昔はそこらじゅうにいた動物を見るのにも大金を払うんだぜ?しかも全部人工的に作られた動物なんだ!こんなのってないよ。」
今日の生物の授業に触発されたのだろう。もともとルシファーは影響されやすい性格なのだ。
僕は大きくため息をついてギターのチューニングを始める。それを見てルシファーは少し膨れっ面をした後、諦めたかのように自分もベースのチューニングを始める。
「にしても、今日は誰も来ないな。」
「何せ部員5人だからな。」
「古典楽器部も廃部かな。」
「今時、ギターとかベースとか弾きたい奇特な奴なんて俺らくらいだろ。」
「昔は大人気の楽器だったらしいよね。」
「軽音部、なんてのもあったりね。」
「今は楽器よりも、脳チップで音楽を作曲することの方が主流だけどね。」
僕たちはそんな話をしながら、暗くなるまでギターとベースで好きな曲を演奏し続けた。

「俺は科学者になるよ。」
「は?」
その日の帰り道、ルシファーがまた突拍子もないことを言い出した。
「何言ってんの?」
「俺さ、どうしても野生の動物が見たいんだ。」
「は?」
「だから科学者になる。そして生物が生きていける環境を整えて、虫を作って、そして野生に放つ!」
ルシファーは嬉々としてそんな計画を話し出した。
「何年かかるのかねぇ…?」
僕は皮肉っぽくそう言った。ルシファーは少し拗ねたように「きっとすぐ作れるさ。200年もあれば。」と答えた。
「お前、何歳まで生きる気だよ。」
僕はそうツッコんで、二人で腹を抱えて笑う。

空を見上げるとそこにあるのは果てしない透明な屋根である。僕は一度も直接陽の光を浴びたことがない。でもいつか陽の光を何の抵抗もなく浴びれる日が来るのかもしれない。それをもしかしたらルシファーが叶えてくれるかもしれない。僕は少しだけ未来に希望を持った。

その時、視界の端に白い小さな何かが羽ばたいているのを見つけた。途端に「あっ!」とルシファーが声を上げた。振り返って探してみたが、暗いせいか姿形もなかった。むしろ本当にそんなものが飛んでいたかも疑わしい。
「今の、今のどこ行った!?」
「さぁ?今の何だったの?」
「モンシロチョウ!モンシロチョウだよ!今日授業で習ったじゃん!ライフルったらもう忘れたの!?」
「忘れてないよ!こんなとこにモンシロチョウがいるわけないだろ!絶滅したんだから!」
「いーや今のはモンシロチョウだね!はぁ…もっとよく見たかったなぁ。」
「…蛾かもしれないよ。」
「蛾だったとしてもいい!虫であれば何でも!」
「変な奴…。」
「何だか俺、生きる希望が湧いてきたよ!絶対、虫で溢れる街にしてやるんだ!」
「……それはちょっと嫌かも。」
「ええ!?なんで!?!?」

28××年 街中にモンシロチョウが飛び交う世界が来るのも、意外と遠くはないかもしれない。

5/10/2026, 11:01:34 AM