咲希の手には桜の花びらが1枚のっていた――
静寂に包まれた部屋の中、ひたすらパソコンと向き合う。原稿の締切に追われ、物語を紡いでいく。スランプから抜けられなかったせいか、締切ギリギリになってしまった。
「桜、ねぇ…」
一言そう呟き、文章を打つ手を止めた。
開いている窓に目をやると桜が咲いている。風に吹かれて花びらが散っている。その風景は儚くも美しいものだった。ふとカレンダーに目をやる。
「締切は…あと1週間あるのか…」
今書き終えれば、次の作品の締切までまだ余裕があるため少し休める。だが、この次の展開が何も思いつかなかったため書こうにも書けない。
「咲希、この後どうしたい?」
誰もいない部屋でパソコンの中の咲希に話しかけた。当たり前のことだが答えてくれるはずもない。溜息をつきながら、頭の後ろで腕を組みベッドに倒れ込んだ。すると窓から1枚の桜の花びらが入ってきた。
「こうなったら…!」
思い切って外に出て散歩してみることにした。
外の風は気持ちがいい。窮屈な部屋の中でずっと書いていたため、太陽の光が少し眩しかった。
歩いていると、親子が桜の木の下でお花見をしているのが見えた。まだ小学校にあがっていないように見える子どもが2人いた。
「パパ!ママ!綺麗だね!!」
「そうだね!」
「来年もまた見たいな!!」
「絶対見ようね!!」
他愛もない会話だが、何故か泣きそうになってくる。自分が家族みんなでお花見をしたことなんてない。出来なかった。
父と母は自分が小さい頃に離婚してしまい、女手一つで育てられた。その母も自分を養うため遅くまで仕事をしてくれていた。その母が2年前、この世からいなくなった。もし父と母が離婚してなかったら。この家族のようにお花見をしていたのかもしれない。この家族が羨ましかった。
その時、あの文の続きが思い浮かんだ。走って家に帰り、忘れないうちに書いた。自分の出来なかったことを咲希にやって欲しい、そう思った。
「これだ…」
気づけば涙がこぼれていた。
―咲希!そう呼ばれた気がして後ろを振り返った。だがそこには誰もいなかったが、何かに包み込まれたような温かい心地がした。もしかしたら今はいないお母さんが私の元に来ているのかもしれない。ずっと私のことを見守っていてくれてるんだよね。お母さん。
9/29/2024, 11:47:39 AM