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「本気の恋」

VYTG72694AR。僕の恋人。人じゃないけど。

いつも二人で歩いていた。年老いた父親?祖父?らしき人と仲睦まじく。夫婦にしては年が離れすぎている。けど、二人から感じられるのは、そんな夫婦か恋人のような親密さだった。

ある日、喪服姿の彼女が一人で歩いていた。男の人は亡くなったんだ。悲しみに暮れている姿は美しかった。やつれて顔色も悪い。なのに美しいんだ。

それから時間の許す限り、彼女の通った道を歩いた。もう一度会いたい。彼女の悲しみをなんとかしてあげたい。その一心だった。僕なんかに何ができるのか、さっぱりわからないけど、僕を突き動かす何かが確かにあったんだ。

けれどどんなに探しても二度と彼女には会えなった。もうだめかと絶望的になっていた頃、偶然彼女を見かけた。彼女は街のビジョンの中で微笑んでいた。喪服姿の彼女はやつれていたが、ビジョンに映し出された彼女は若々しい。けれど、目の奥に宿る悲しみはあのときのままだ。

『あなたの恋人にしてください』というキャッチコピーが安っぽい。そんな人ではないはずだ。そして、ハッと気づく。人じゃない。もう製造中止になった対話型ロボットだ。その存在は都市伝説的で実在するとは信じられなかった。

ビジョンに表示された番号にすぐに電話をかけ、会えるように手配する。提示された場所は海辺の公園だ。海が見えるように配置されたベンチで彼女は待っていた。

「VYTG72694ARさん、あなたを恋人にします」

頭の後ろのねじに触れてそう言えば、VYTG72694ARはあなたのものになります。電話で言われた通りにねじに触れて話しかける。

ふわっと振り返るVYTG72694AR。その美しさに息をのむ。その目は僕を映し、深い悲しみは少しずつ消えて行く。戸惑い、ためらいながらも少しずつ僕を受け入れようとしている。その様子が手に取るようにわかる。

「あなたが好きです」

何度も愛の言葉を投げかけるとロボットはその言葉に反応し、言葉をくれた人を好きになるという。ロボットだと思うと言葉はすらすらと出てくる。

「ひと目見た時からあなたが忘れられません。僕のそばにいてください」

スキンシップはロボットがあなたの気持ちを受け入れてからにしてください。注意されたことを思い出す。まだ受け入れられていない。

「あなたの悲しみを分けてください。大切な方を亡くされたのでしょう?お二人はとてもお似合いでした。おつらいでしょうね」

VYTG72694ARの目に涙が浮かぶ。本当に美しい。

「僕はあなたに何もしてあげられないかもしれないけど、そばにいることはできます」

VYTG72694ARの涙が頬をつたう。思わず指で涙を拭ってしまった。びくっと小さく肩が揺れる。

「あなたを抱きしめてもいいですか?」

VYTG72694ARが首を縦に振る。受け入れられた瞬間だった。すぐに腕を広げ抱きしめる。愛しさがあふれて涙になる。VYTG72694ARが僕の涙を拭う。僕の本気の恋がはじまる。

9/13/2024, 11:27:15 AM