汐里

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「 … 」
今頃御屋敷は騒ぎになッているのでしょうね、なんて、ふと頭の片隅で思ッた。
母親の狼狽する姿。怒られる私の専属メイド達。
外国に出ていらしてるお父様も、かなり慌てるでしょうね。
私はそれでもいいと、覚悟を決めてここに来たのだ。
この、思い出深い場所に。
小さい頃から私に選択権はなかッた。
母親が決めたこと、それが全て。
母親がやりたいこと = 私のやりたいこと。
その固定概念が、ずッと私をこの地に縛り付けている。
綺麗で立派な屋敷。広い庭。広大な敷地。煌びやかな部屋。
見ているだけで吐き気がしてきそうだ。
そのことを知ッているのは、幼馴染であり、私の唯一の理解者でもある暁人だけ。
暁人は私の家の方針を話すと、いつも憤慨して私の味方をしてくれる。
「 はぁ!?それじゃあ麗華の自由はどうなるんだよ! 」「 なんだよそのイカれた思考 … 。 」
暁人と公的に会うことは、母親から禁止されている。
だから、話をする時は、いつも使われなくなッて寂れた駅で待ち合わせしていた。
そして…いつしか私は、その駅で彼と二人きりの時間を過ごしているという事実に、心を踊らせ始めていた。
今日はどんな話をしようかしら。彼は今日どんな話を持ッてきてくれるのかしら。
それは彼も同じみたいだッた。
彼も、駅に来て話をする度に、面白い話をして笑わせてくれたり、私の話を聞いて共感してくれたり、怒ッてくれたり、時には笑ッてくれたりもした。
楽しかッた。
そんな時間が永遠に続けばいいと思ッていた。
だが、案の定長くは続かなかッた。
ある日のこと。
いつも通り私が図書館へ行くと嘘をついて駅に行こうとした時、母親は笑顔で見送ッてくれたが、実は私のメイドに尾行を頼んでいたらしかッた。
そして当然、図書館とは真反対の方向へ向かう私について行くと、そこにあるのは寂れた駅。
駅に入れば私の幼馴染の暁人が、私に笑顔で手を振ッてくる。
私もそれに応じるように、彼に駆け寄ッて、彼の隣に座る。
その一部始終を、メイドは母親に伝えた。
母親は激怒して、私を暁人から無理やり遠ざけた。
“ 死 ”という方法を使ッて。
次の日、暁人は死体で発見された。
近くの川で溺れ死んでしまッたらしい。私はショックで暫く学校に行けなかッた。
暁人。私の心の支えだッた暁人が。
想いも伝えられず、虚しく散ッていく恋心。溢れて止まらない生温い涙。いつしか、それが私を取り巻く環境になッていッた。
そしてある時、私は母親の部屋の前で聞いてしまッたのだ。母親が暁人を殺したという事実を。
どうやら誰かと電話をしているようだッた。そして肝心なところだけが、厭にはッきりと聞こえた。
「 ああ、麗華の幼馴染くんね。あの子は殺したわよ。麗華の勉強の邪魔になるもの。 」
それが信じられなくて。耐えられなくて。何か考える度に母親のその言葉がフラッシュバックして、頭から離れない。勉強にも身が入らない。
母親からは「 何か辛いことがあッたの?お母様に何でも話して頂戴ね…? 」と言われるけれど、こんなこと当の本人に話せるわけがない。
今まで笑顔 + 「 大丈夫 」で乗り切ッてきたが、もう限界だ。
早く暁人の元へ行きたい。
暁人の元へ行ッて、またいつもみたいにたくさんお話したい。
久しぶりに、涙が頬を伝ッた。
何年ぶりかしら。暁人が死んだ時以来だから、二年半ぶりくらいかしら。
そんなどうでもいいことが、頭の隅を過ぎる。
本当は死にに来たはずなのに、どうしてこの場所に来てしまッたのだろう。
もうここは、電車の来なくなッた廃駅なのに。
そう思ッた瞬間だッた。
右側から体が揺れるくらいの強い風が吹いてきた。
思わずぐッと体に力を入れてしまう。
そしてぱッと顔を上げると、目の前には綺麗な夜空をそのまま映したような、綺麗な車体の電車が停まッていた。
「 どうして …。 」
驚いて声も出せない私を他所に、駅構内にアナウンスが流れ始めた。
「 この電車は22:00ちょうど発特急ヨミ行です。発車まで暫くお待ちください。 」
麗華は自分の腕時計を確認した。今は21:57。もうすぐ発車だ。
ヨミ…とは、恐らく黄泉のことだろう。死後の世界と言われている、あの黄泉。
これに乗れば、死ぬことが出来る。勿論、特急で。
悪くないな、と思ッて、麗華は電車内に足を踏み入れた。電車の中はごくごく普通の車内だッた。感動である。今まで豪勢なものしか目にしてこなかッたせいか、こういう普通のものに新鮮味を感じて、とても見ていて嬉しくなる。
私は真ん中の席に浅く腰をかけると、ぴんと背筋を伸ばしてみた。普通だ。普通の学校に通う、普通の学生。屋敷に篭ッて経営の勉強をしているのではなく、ちゃんと学校に通ッて、授業を受けて、テストも受ける普通の学生。
普通に憧れていた私にとッて、これは何とも満足感のある居心地のよい環境だッた。
間もなくして、電車が発車し始めた。柔らかい揺れ。優しい揺れ。それはまるで、今までの私を包み込んでくれるような感覚だッた。
「 お姉さんこんばんは。 」
暫く電車の揺れに身を任せていると、近くから少女の声が聞こえた。
辺りを見回すと、同じ座席列の角席に一人の少女が座ッていた。
夜空をそのまま映したような鮮やかな群青色のワンピース。スカートの方には金色の星が散りばめられている。
「 …御機嫌よう。 」
私はそちらに膝先を向けると、軽くお辞儀をした。少女は色白な脚を組み直すと、彼女の顔の前で鬱陶しそうに手を振ッた。
「 そういう堅い挨拶いいから。 」
いいから、と言われても…。今までずッとこの挨拶をして来たから仕方ないのだ。でも、とりあえず「 分かッたわ。 」と頷いておいた。
「 お姉さん、名前は? 」
「 葛城麗華よ。 」
「 葛城…?葛城ッてあの? 」
少女は私の名前を聞くと、驚いたように目を見開いた。
私は否定することでもないので、こくりと頷く。
「 そんな金持ちのお嬢様がどうして。 」
金持ちのお嬢様だからよ、と言いたくなる気持ちを私はぐッと堪えた。きッとこの子はまだ世間を知らないから、分からないのだ。金持ち、お嬢様が全てだと思ッている。
「 貴方の名前は? 」
少女の質問をスルーして、私は少女に問いかけた。少女はスルーされたことにむッと眉を顰めるも、名前を教えてくれた。
「 ミヨ。ミカノミヨ。 」
「 ミヨ…ちゃん。宜しくお願いするわ。 」
「 うん。 」
ミヨはこッくりと頷くと、突然究極の二択を迫ッてきた。
「 で?死ぬの?生きるの? 」
私はあまりに唐突なことで、少し理解が追いつかなかッた。死ぬか、生きるか。それが今私に課せられた課題なのだろうか。
「 … 」
少し、悩みこんでみる。今私が死を選べば、親の会社の跡継ぎは消えるだろう。だから新しく優秀な養子を迎え入れ、無理やりでも経営を続けようとする。
でも、それは多分無理である。私は物心ついた時から経営の勉強を続けてきているが、その、どこの馬の骨とも分からないような人は経営の勉強なんてこれッぽッちもしていないだろう。
たとえ今から経営の勉強をさせたとしても、私のように習得するのは何十年後かの話である。
では、今私が生きることを選んだらどうなるだろう。家に帰れば、母親は泣きながら私が帰宅したことを喜んでくれるだろう。
そして、次の日からはまた勉強づくしの毎日。普通、なんて言葉とは程遠いところにまた行ッてしまう。
どちらを選んでもメリットとデメリットがある。どうするのが正解なのだろう。
そう考えながら、私はゆッくりと口を開いた。
「 生きるわ。 」
私の言葉に、少女は意外そうに片眉を上げた。
「 …後悔しない? 」
「 後悔しないと思うわ。 」
私の決意が現れた言葉を聞いて、少女はふッと笑う。
「 そう。…後悔したら、またおいで。 」
私もその言葉に微笑んで頷いた。

10/9/2022, 3:14:29 PM