『雪原の先へ』
スーパーでホットケーキミックスが大安売りしていた。
物価高が続く昨今、1袋600gのホットケーキミックスが200円を切るのは破格でしかない。
「※おひとり様3袋まで」
当たり前だが、購入制限が設けられていた。
彼女も連れてこればよかったな。
彼女はというと、自宅で人間の可動域の限界に挑戦していた。
まあ、しかたないか。
わざわざ呼び出すことでもない。
俺はホットケーキミックス3袋を買い物かごに入れた。
*
買い物から帰宅したあと、俺は生クリームを泡立てたのち、さっそくホットケーキを焼いていく。
あのあと、生クリーム、イチゴ、キウイ、パイナップル、ミカン、フルーツ缶、シュガーパウダー、チョコスプレーまで買ってしまった。
フルーツは彼女のデザートにできるからいい。
だが、チョコスプレーだけはその場のテンションで買うべきではなかったと、冷蔵庫に入れてから気がついた。
しかもどデカい袋のヤツ。
あとで大量消費できないか調べてみるか……。
ひとまず、今はホットケーキを焼くことに専念する。
ホットケーキミックス600gを全て使い切って、大皿に高々と重ねていった。
そのあと、フルーツをカットしているところで、いい加減、甘ったるい匂いに我慢できなくなった彼女がキッチンを覗く。
「いくらなんでも焼きすぎじゃない?」
「半分は冷凍します」
「半分は食べるつもりでいる気?」
ホットケーキミックス600gを全て使って焼き上げたうちの半分だ。
食べ応えはあるが、おやつとしてはカロリーオーバーが過ぎる。
「多いですかね?」
「わかんない」
彼女の指摘を踏まえて3分の1に留めておくか迷ったとき、彼女がカットされていないイチゴをひとつ摘んで口の中に頬張った。
横着したっ!?
もぐもぐしてるほっぺた、いつ見てもかわいいなっ!?
咀嚼が終われば、彼女は何食わぬ顔で話を進める。
「けど、れーじくんがお腹パンパンで苦しくて食べられないってところ、見たことない」
「そんなこと……」
ないと思う。
と、言おうとしたところで思いとどまる。
彼女とビュッフェやバイキングといったスタイルの食事をしたことがなかった。
肉や酒といった、食べ飲み放題なんて論外である。
「……あるかもしれませんね?」
「なんで?」
「単純に、あなたが摂生してるからでは?」
俺的には定額制のほうがコスパはいいが、食に気を遣っている彼女につき合わせるのも申しわけなくて、機会がないだけだ。
「会社の食事会ではそういった食い方はできませんし、気心の知れた人とは飲みがメインになりますから」
「そっか」
納得したのか、彼女は山積みになったホットケーキをマジマジと見つめる。
「ホットケーキ好きでしたっけ? 食いたいなら1枚あげます」
「イチゴがいい」
「さっきナチュラルにヒョイパクしたじゃないですか」
「もう1個」
お願い、と、両手を合わせてあざとく懇願してくるから、パックからいくつかイチゴを小皿に移し替えてフォークとともに差し出した。
「いくらでもどうぞ」
「わーい」
キャッキャしながら彼女は皿を受け取る。
リビングにあるローテーブルの前にお行儀よく座って、顔を綻ばせながらイチゴを食べ始めた。
そんな彼女をよそに、俺はフルーツをカットする。
ホットケーキは食べる分だけ残して、あとの半量は冷凍庫に片づけた。
皿の隅にフルーツとホイップした生クリームを添えて、チョコスプレーを散らす。
彩りにミントを乗せたあと、最後はその上からシュガーパウダーを贅沢に積もらせ、ホットケーキに雪原が完成した。
メープルシロップとフォークとナイフを用意すれば、いい感じのデザートである。
自画自賛しながらホットケーキの大皿を彼女の隣に置いた。
「なんか、ホールケーキみたいだね?」
「そうでしょう?」
「写真撮っていい?」
「かまいませんけど、手早くお願いしますよ?」
「わかってる、わかってる」
この返事……、長くなりそうだな?
案の定、写真を撮るのがヘタなクセに、妙にこだわりを見せる彼女の写真撮影は5分ほど続く。
ホットケーキを口実に、彼女とツーショットを撮らせてくれたから許した。
ついでに彼女の写真を撮っていたら、彼女の美しさに耐えられなくなったフルーツがへたり込み、ホットケーキも照れて萎れてしまう。
少し重たくなったホットケーキを平らげたあと。
口直しに俺はコーヒーを、彼女は温かい麦茶を、ペアで買ったハムスターのマグカップに入れて飲んだ。
12/9/2025, 7:54:23 AM