あなたがすき

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放課後、ふと気づくと教室の窓に腰掛ける女がいる。


少なくともクラスメイトではない。
教室には私だけで、ドアは閉まっていたし入ってくる音も聞こえない。ここは2階だが、もちろん窓からの音ひとつだって聞こえない。
毎日行われるそれに少し警戒して鍵をかけてみたりしたけれど、それを嘲笑うように彼女はいつのまにか黒板横の端の窓に腰掛け何かを見つめている。
初めの頃は話しかけても何も言わないし、まさか幽霊ではと思い逃げたりしてみたけど、貴重な自習時間を霊もどきに使うのもアホらしくなっていつしか気にしなくなった。彼女はよく見たら影があるし髪や服が風に揺れるから霊ではないのだと思うが、そも制服が違うせいでより正体がわからない。そして、何よりなぜだかどこか見覚えのある顔をしているのが不気味で、まさか霊ではないかと思う要因の一つだった。しかし彼女はただ放課後の窓辺に現れては、じっと外の一点を見つめて去っていく。瞬きの合間に消えるその瞬間だけ、微笑みを私に残して。

鍵をかけても窓を監視しても無駄だった。図書館で在学中の生徒や卒業生、果ては近隣の学校の制服。どんなに調べても彼女の手がかりは何ひとつない。もう一週間も経った。いっそ、諦めてしまおうか。
そうだ。元々は集中できる自習の時間だったはずなのに、いつのまにか彼女を突き止める時間に変わっていた。しかしどれだけ探っても彼女の存在するという証拠のかけらすら見当たらない。それでもう良いじゃないか。毎日毎日いつのまにか窓にいるのは気になるが、それだけだ。彼女は何も言わず静かに座っているだけだ。なんやかんやで彼女が現れてから二週間目なのだし、良い加減慣れてきた。ただ気にしなければいいだけだ。

チラリと窓へ視線を向けて、けれどなんの反応も得られないのは今更だ。彼女がこちらを見るのは去り際の瞬きする一瞬だけ。それ以外は出てってくれないかと話しかけてみても、隣に立ってみても消しゴムを投げてみても、あまつさえ少しの嫌味を吐いてみたって気づいていないかのように真っ直ぐ外を見つめているだけなのだから。
まったく、ここは呪われてでもいるのだろうか。

手元のノートに碌に集中できずに大きく息を吐き、しかしわざわざ教室を移動したくはないと意固地になる。そんなことをすれば霊かどうかもわからないのに恐ろしくて逃げている小心者みたいじゃないか。もしかしたら彼女は壮大な悪戯を仕掛けている生徒かもしれないのに、そんな噂の種になるようなことはしたくない。けれど残念ながら、これ以上の案はなかった。完全にお手上げだ。
今度は小さく息を吐き、今日もそこにいる彼女を眺める。
彼女は、一体何者なんだ。


「ねえ。なにをみているんですか?」
問いかけていた。言いたいことは沢山あったのに、口をついて出たのは無意識の言葉だった。けれど返事が返ってくるはずもない。分かってはいたがあまりに真剣に見つめるものだからそれほど気になっていたのかもしれない。
どうせ返ってくるはずもない独り言に、バカバカしいと席に戻ろうとした瞬間、普段は微動だにしないはずのそれが、明確に動きを見せた。
ゆっくりと外に向けられる人差し指。
指し示すそこには青々としたなんの変哲もない木。
「ただの、木?」
消えるその瞬間しか見せたことのないはずのやわらかな笑顔がこちらに向けられていた。考えずともわかる。これは明らかに、わたしの問いに対する答え。
聞こえていた、理解していた。知っていたのだ!
感動にも似た、肌がゾワリとする感覚が全身を覆って、少しだけ吐き気すら催した。
ではなぜ。今まで一度も、彼女はなんの反応もしなかったのだ。あんなにも声をあげただろう。物を投げつけてみたし、反応するようにわざとらしく嫌味まで言って見せた。それなのになぜ今になって反応を返すようになったのだ。
手のひらで踊らされているような、馬鹿にされているような不快感。敗北感。やはり悪戯している他学年の生徒なのではないか。思えば当初から彼女には振り回されてばかりだ。怒りを隠すこともせず睨みつけていると、彼女は返事のないことに小首を傾げてまた外へと向き直った。
私を気にも留めない態度に苛立ちは増し、けれど冷静な思考の一部が疑問を浮かべる。
今一度この2週間ちょっとのことを思い返してみるが、果たして自分は今まで純粋な疑問を彼女に向けたことがあっただろうか。
出会い頭は「幽霊??!」と叫び逃げ惑い、しばらくは出てってくれやらここはあなたの教室じゃないやら色々話しかけてみたが、なんの手応えもないことを悟るとそれ以降は話しかけるなんて手は考えもしなかった、と過去の行動を思い出した。ふつう、あそこまで無反応なのもおかしいだろう。けれど、それならば初めからこうすればよかった。

「はじめまして。あなたの名前は?」

先ほどとは打って変わりやっと進展しそうなことに急上昇した自分の機嫌に、口角がゆるりと上がっていく。
声は聞こえている。理解している。そして、反応も返ってくる。まだお手上げと言うには早かった。負けてなんていない。怒りが喜びに変わっていく。
まずは彼女について知ろうと話しかければ、驚いたように目を見開いてこちらを向く。するとなぜか、今度はニヤリと悪戯するように笑っていた。
そして差し出した手を握った彼女の、自身より温かい手に私も少しだけ目を見開いたのだった。まさかこの後もっと驚くことになるなんて思わなかったけど。


  執着していたのはいつのまにか私だった。
  いつだって受け入れるようなその笑みに、
  恥ずかしいことに私は甘えてしまっていたんだ。





放課後

10/12/2024, 12:46:35 PM