ウォーターフェルの天井からは、今日も小雨が落ちてくる。
無骨な岩肌が黒光りしては、洞窟に絶え間ない雨音を響かせるのだ。
なぜこんな雨が降り続けるのか、地上を見れないモンスターに知る術はない。
しかし、落水を究む事は、出来たのだ。
また一滴、また一滴と水は落ちる。
弾むように岩肌から離れて、ぱつんと弾け、また岩肌の地面に貯まる。
ポタリと落ち、ぱつんと弾け、ポタリと落ち、ぱつんと弾ける……
絶えない雨足を、赤い傘が弾いた。
色のあせた赤い傘の上、キラキラ星のように体を落とす雨粒たち。弾けて、分裂し、傘の傾斜をスーっと滑る。
やがて、赤い縁からまた、ポタポタ落っこちるのだ。
サンズは、傘の中からそれを見ている。
一切喋らず、瞬きもせず、ただじっと、水の流れを観察していた。
目に入ったのは、タコの先まで滑り降りた雨粒。
そいつは重力に従ってぷっくり下半身を膨れあげ、その自重に地へ落ちる。
サンズはそれを二、三分眺めたあと、ふと天井を見上げた。
赤い傘から覗かせた眼窩に、三滴の水がトトトッ、と落ちてくる。
水滴が頭蓋骨の裏を滑り、頚椎を流れて出ていくのを感じた。
……もし、サンズの頭蓋骨に頚椎を通すための穴がなければどうなっていただろう。
雨はこのまま三滴分、サンズの頭蓋骨に貯まったままなのだろうか?
この地にも同じことが言える。ここの小雨は降り止んだ試しがないのだ。
しかし、この地面にはなだらかな傾斜があって、道の両脇に水路が出来ている。
落ちてきた水たちはこの水路を通って、ウォーターフェルの川を満たす仕組みだ。
サンズはすっかりびしょ濡れになった顔を傘の中へ戻す。
傘の柄を肩に乗せ、取っ手を軽く握った。
サンズは一直線に落ちる水滴に遮られながらも、暗い道の先を見る。
そして、そこへ向かって一歩踏み出した。
サンズはゆっくり歩く。傘が雨を弾き、地面が雨を弾く音の中で。
カタツムリが岩肌をのろのろ登っている。
サンズはそれと同じくらいのスピードで、歩みを進めた。
もしこの光景をグリルビーズの常連が発見したら……
口を揃えてこう叫ぶに違いない。
「あのサンズが歩いてる!」
サンズは自他ともに認める怠け者で、歩くことすら滅多にないのだ。
もちろん、パピルスといっしょに歩くなら別である。だってパピルスは面白いヤツだ。
パピルスと歩くのなら、どんな場所であれ楽しく過ごせた。何歳になってもパピルスと遊ぶのが一番だと思う。
だから、パピルスといっしょに散歩をしているのと、たったひとりで散歩するのとは、宇宙船と宇宙飛行士くらいの違いがあった。
じゃあなぜ今、サンズはひとりなのだろうか?
ひとり、傘をさしてウォーターフェルの小雨を歩き進んでいるのだろうか。
それは、サンズがこの場所を好んでいるからだ。
この先の場所も。
小雨の中を、傘をさして歩くこと。暗闇の中でテラテラ輝く岩肌を見つめること。
暗闇から現れる針のような水滴を見つめること。
サンズはいつものスリッパを水浸しにしながらも、いつもよりご機嫌に道を歩いていた。
雨音だけが響き渡る洞窟。突然、誰かが水浸しの地面を蹴り上げ、走ってくる音が聞こえた。
サンズは赤い傘をグッと持ち上げ、目の前をハッキリ見てみる。
そこには、雨を避けようと顔を下げて走るモンスターのこどもがいた。
サンズにも見覚えのある、黄色い服を着た子だ。
その子は、サンズとぶつかる寸前でようやくサンズに気が付き、急ブレーキをかける。
「うわっ!とっ!とっ!」
目を皿のように丸くして、その子はどんどん後ろに傾いていく。突然止まったせいで、バランスを崩したのだろう。
サンズは手を伸ばし、後ろに傾くその子の襟を掴んだ。
その子には手がないので、しょうがない。
「とっ……!あ、ありがとう!」
子どもの足に、しっかり彼の体重が乗ったのを見届けた。サンズはその子の襟から手を離すと、いつもの笑顔を浮かべる。
「スノーフルに帰るのか?」
子どもは素直に頷いた。
「うん!えっと……サンズはウォーターフェルに行くのか?」
サンズが首を振るのを見て、子どもは不思議そうに顔を傾ける。
「フラフラしてただけだ。
そこまで送ってやろうか?……傘もないみたいだしな」
「いいの!?
じゃ、行こ!」
突然の静寂が雨間の細かい響きを深めた。
サンズは相変わらずのペースで歩いている。一方で子どもは、そのペースにウズウズし始めた。
「……」
その子は、サンズをチラリと見上げ、声を張り上げる。緊張しているようだ。
「なあ!……思ったんだけど……なんでココでフラフラしようと思ったの?
濡れるし、地面はグショグショなのにさ!」
サンズのスリッパに視線が注がれる……
サンズは、何気なく答えた。
「……雨ってしってるか?
ココみたいに、空から水がたくさん落ちてきて、地面だってぐちょぐちょになるんだ。
でも、そういうのがスキで、落ち着くヤツらもいるんだぜ。なんでだと思う?」
子どもは眉を寄せ合い、ウーンと大真面目に悩んでいる。
雨の音がその間を縫って、ふたりの間に居座った。
「……なぞなぞみたいだ……」
暗い先の道の奥から、傘立てが見えてくる。
この雨間の終わりも近いのだ。
その辺にたどり着いてようやく、子どもは叫ぶ。
「わかったっ!
地面が濡れたら走りにくくなって、走り込みの効果がもっと大きくなるからだ!
アンダインがゴミ捨て場を走るのは、そういう理由なのかも……!」
サンズはニヤニヤ笑って、返事をした。
子どもは雨間の終わりにたどり着くと、傘から走り出ていく。
それからすぐに振り向いて、サンズの答え合わせを心待ちにした。
「おもしろい答えだな。でも不正解。
正解は、雨がスキだと雨に“打たれる”事はないから!」
子どもは答えを聞いた途端、ゲッソリして肩をおとす。
「なーんだ、ダジャレ!?
そーいう事なら、オレも雨を好きになろうかな!オレ、傘持てないから!
じゃ、もう行くな、傘入れてくれてありがとう!」
子どもはスノーフルの方に走っていく。
相変わらず先は暗闇に包まれているが、それでも子どもの後ろ姿は輝かしい。
サンズは手を振った。
暗闇の中から、声が聞こえる……
「オレがウォーターフェルにいたってこと、父ちゃんと母ちゃんには言わないでくれよなーっ!……」
9/4/2025, 2:32:18 PM