静寂の中心で
月が雲に隠れた。音もなく、ただただ静かに。
不快ではない。
自然は好きだし、雲が風に流されただけで雲自身の意思ではない。月明かりがなくなったって、蝋燭に火を灯せば、それで良い。それで良いのだ。
「紀久代。」
風の音も、虫の声もしない。静寂の中で一人呟いた。
私の胸元に、無遠慮に顔を押し付け、寝息を立てる紀久代。顔はほんのり火照っている。
すぐ側の机にはお猪口が二つ転がっていた。これだから、あれだけ止めたと言うのに。最近の者は話を聞かないから困ったものだ。私の前でなければ、一体どうしたことやら。
外を見る。明かりがなく、辺りの様子は伺えない。
まるで、自分と彼女だけが静寂の中心にいるかのように錯覚する。
髪を撫でると、彼女の長いまつ毛が微かに揺れた。
風が吹き、月が姿を表す。
彼女の額にゆっくりと口付けた。
10/7/2025, 4:29:42 PM