真澄ねむ

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 ぐったりとステラは机に突っ伏していた。
「ああ……しんどかった……」
 口から溜息混じりのつぶやきが漏れる。
 新しい年を迎える今日という日に、国を挙げての祝賀祭があった。祭りといっても、大聖堂で国王と王妃が新年の抱負を述べる厳かな式典である。儀式を終えたのちに、反比例するかのような華々しく騒々しい祭りが始まるのだ。
 本来ならば、既に表舞台を去った身であるステラには、何の係わりもない行事であるはずだったが、何を思ったのか彼女にも式典の招待状が送られた。彼女は欠席を即断したが、同じく招待状を貰ったラインハルトに説得され、渋々と出席の回答を送ったのだ。
 平素から研究のため、睡眠時間を削る悪癖のあるステラは、深夜三時に寝たにも係わらず、身支度のため二時間もしないうちに叩き起こされた。眠気覚めやらぬまま、顔を洗われ、髪を結われ、化粧を施され、ドレスを着させられた。
 コルセットをこれでもかというほど締められて、苦しさに喘ぐステラを、身支度を整えたラインハルトが迎えにきた。彼は、屋敷の侍女たちの気合いの入れように苦笑すると、彼女に綺麗ですねと声をかけた。
「……ありがと」
 照れくさくて目を伏せる彼女を、彼は優しい眼差しで見つめると、彼女に手を差し伸べた。その手を取って、ステラは大聖堂へと向かった。
 式典は滞りなく終了した。しかし、その後の祝賀祭にて、久々に姿を現した彼女を一目見ようとする者たちや、一言交わそうとする者たちに揉みくちゃにされて、彼女は這々の体で屋敷に戻ってきたのだった。
 コンコンとノックの音が部屋に響く。どうぞと小さく返すと、ゆっくりと扉が開かれて、ラインハルトが中に入ってきた。
「今日はお疲れ様でした」
 彼女はゆっくりと体を起こすと、彼の方へと向き直った。彼は手に湯気の立つカップを持っている。
「本当に疲れたわ……」
 彼からカップを受け取りながら、ステラは口を開いた。カップからはアールグレイの芳醇な香りが漂う。
「……もう、行けって言わないわよね?」
 そう言いながら、上目遣いで彼を見上げる。小さく笑うと、彼はええと頷いた。あの騒ぎを思い返して苦笑を浮かべる。
「まさか、あんなに人だかりができるとは思いませんでした」
「まったく、見世物にでもなった気分だったわ」
「それだけあなたの人気が衰えていないということですよ」
 彼の言葉に彼女はどうだか、と肩を竦めた。
「まあ、いいわ。式典自体は悪いものじゃなかったし」ふふと口元を綻ばせると続ける。「結構な年月と犠牲を払ったのだもの。この穏やかな時間が長く続けばいいわね」

1/1/2025, 1:56:00 PM