最高に天気が良い日
青年が最も恐れていたのは、死ぬことよりも、薬品くさい病室に死ぬまで閉じ込められることだった。
口元に何本ものチューブを繋がれて、身動きが取れないというのは、拷問みたいなものだと思った。
おまけに、彼には妻はおろか恋人すらいない、孤独な青年だった。
「病院なんか行くもんか。そうだ、俺は青空の下でのびのびと死んでやるぞ」
青年は恐らく内臓を病んでいた。吐血を繰り返しては、市販薬で症状を抑えていたが、もはや手遅れであることは彼自身がよく分かっていた。
青年はその日、いつも通りきちんと会社に遅刻せずに行き、定時になるまで仕事に励んだ。三年間続けてきたことだ。
ただ、同僚に「この後飲みに行かないか?」と誘われたが、それは断った。できるだけ一人でいたかったからだ。
青年は仕事を終えて、会社から駅に向かう途中で吐いた。
真っ赤な血だまりを見て、「もう、会社には行けないなあ」と呟き、駅のトイレでうがいをすると、電車に乗って自宅へと向かう。
幸い、今日は金曜日で、週末は会社は休みだった。
「チクショウ! まったく待ちくたびれたぞ。暇潰しの人生にしちゃあ長すぎだぜ。まったく」
彼はアパートに戻り、冷蔵庫からビールを取り出すとゴクリゴクリと飲み干し、ソファーに横になる。
「明日だ。明日中に死のう。ほうっておいても死ぬが、俺の命は俺が終わらせてやるんだ」
彼は家族の写真を取り、亡き両親の姿を見つめる。
「父さん、母さん、俺、もうすぐそっち行くから」
青年はそのままソファーの上で眠った。
朝、目覚めたとき、口元が真っ赤だった。やれやれ、と彼は起き上がり、風呂場に行くと汚れた服を脱いで髭を剃る。
それから着替えた後、彼はアパートを出た。天気が最高に良くて、彼は少し気分が良かった。
どこへ行くか決めていなかった彼は昼頃まで歩き続けてしまった。立ち止まったのは、橋の上。
青年はひらめいた。ここから飛び込んでしまおう、と。高さは十分だ。ゴツゴツした岩が川底から見えるから、着水の衝撃で死ねるだろう。
「よっと」
彼は橋の上に立ち、強烈な吐き気に襲われながらも、空を仰いで腕を伸ばした。
「君! 何をしてるんだ!! 危ないから降りたまえ!!」
麦わら帽子の中年の男が彼に駆け寄るなり、叫んだ。
「やーだよ」
彼は真っ赤な口元を歪めると、そのまま飛んだ。
「ああしまった」
彼は落下しながら叫んだ。
「俺、まだ朝食食べてなか…」
9/6/2023, 5:21:18 AM