すれ違い
世の中には人の心の動きや気持ちに特別敏感な人というのがいる。
特殊能力とまではいかなくても相手の言葉や表情などから、そのときの気分や気持ちが高精度で読み取れてしまうのだ。
その特性は主にビジネスシーンで、特に商品を売るためのセールスの場においては大変役に立つ。
何しろ相手が欲しいか欲しくないかが自然と分かるので、勧める側は無駄な努力をしなくて済む。
欲しい人には欲しいものを欲しいだけ提供すればいいし、欲しくない人にはなぜそれが欲しくないのか、またどんなものなら欲しいのかを見極めることで、次のチャンスにつなげることもできる。
これは様々なビジネス書を読み漁ったり、高い授業料を払ってその手のセミナーを受講したとしても、一朝一夕で身に付くものではない。
もちろん研鑽を重ね、トレーニングを積むことで営業成績自体の底上げは可能であろう。
しかし、顧客の気持ちの根本部分を理解しない限り、彼らが心から満足する取引を成立させることは難しいかもしれない。
そして、このある種特異な能力はおそらく先天的に生まれ持ったものだ。
かくいう私も、幼い頃からこのへんてこりんな力を持て余していた。
この力を自分の一部として使えるようになったのは、社会に出て大分経ってからのことだ。
とはいえ、この能力は残念なことにほぼ100%プライベートではメリットがない。
メリットがないどころか、むしろデメリットでしかない。
なぜなら、相手の気持ちを敏感に察知してしまうあまり、トラブルの兆しが見えるや否や自らその芽を摘んでしまうため、何ごともなかったように平和にものごとが進んでいく。
そうなるとどうなるかと言えば、表面的な浅い付き合いしか出来なくなるのだ。
通常、人間関係ですれ違いが起きた場合、お互いの意見や気持ちを打ち明けあったり、ぶつけ合ったりすることで、もう一段深く相手を理解したり受容したりすることができる。
そうやって人と人は分かり合い、絆を深め合っていくものだ。
しかし、そもそもにおいて対私とではすれ違いが起きないのだから、それ以上仲良くなりようがないのである。
ただただ相手は、この人といると楽だなぁぐらいのものだろう。
自分がこの能力に気付いてからというもの、人間関係でのトラブルはほぼなくなった。
しかし、その代償として私はとても大切なものを失ってしまったようだ。
いつか私にも言いたいことを言い合える相手が出来たらいいなと思う。
そのときは思い切り口喧嘩を楽しみたい。
お題
すれ違い
10/19/2024, 11:56:39 AM