「もしも君が」
あつい夏の日、グラウンド10周を命じた顧問を呪いながら、木陰にちらりと目をやった。
最近よく部活の応援に来ている女子生徒。
色白で真っ赤な唇が印象的で、外に出る時は日傘を手放さない。
確か1学年下のはずで、部活の後輩たちが噂していた。
「あ、また来てますね。彼女」
「おい、お前挨拶してこいよ」
「いや無理無理!てかこんな週末まで野球部観に来るなんて、やっぱ誰かと付き合ってんじゃねえの」
「おいお前か?」
「もしそうなら今頃自慢してるわ」
後輩たちが色めきたっているのを軽く注意する。
「おいお前ら、集中しねえと1周増やすぞ」
へい!と気合の入った声を背に足を進める。
しかし暑いのは苦手そうなのに、なぜ毎日毎日野球部の練習を見に来るんだろう。
この中に好きなやつでもいるのかな。
ランニングが終わって水飲み場へ向かう。
6月だというのに容赦ない日差しのせいでもう汗だくだ。
思い切り蛇口を捻り、頭から水を被った。
ひんやりとした感覚が背中に流れ、ブルっと身震いをした。
「あの…」
鳥のさえずりのような声がした。
振り返ると例の女子だ。
「はい?」
彼女は日傘の柄をくるくると回しながら俯いた。
後輩の誰かに用事だろうか。
それにしても歳の割に大人びた美しい女子だ。
20代と言われても納得してしまいそうなほど、落ち着きが見える。
「誰か呼んできましょうか?」
彼女が何も言わないので会話を促す。
「いえ、あなたに用があって…」
あ、俺?
もしかして、これは、そういうことだろうか。
期待しちゃっていいやつ?
生まれてから野球一筋、女子とはあまり話したことがないけれど、この俺にもとうとうモテ期が来たか。
「な、なんすか」
声がひっくり返って誤魔化すように咳払いをした。
「あの、このスポドリ渡すようにマネージャーさんに言われて」
彼女が差し出したのはいつも部活中にマネージャーが渡してくれるスポーツドリンク。
なぜ彼女が持ってるんだろう。
「あ、ありがとう」
少し怪しみながらも受け取った。
マネージャー忙しかったのかな?
なにも部外者のこの子に預けなくても後で直接渡してくれればよかったのに。
「あ、私が渡しておきますって言ったんです。マネージャーさん忙しそうだったので」
疑問を見透かしたように彼女がにっこりと笑った。
そういうことか。
「あーありがとね。君1年だよね。いつも野球部観に来てるけど誰か知り合いいるの?」
せっかくマネージャーかくれたチャンス。こんな可愛い後輩とお近づきになっておきたい。ついでに彼氏がいないかも確認しておきたい。
スポドリを一口口に含む。少し緊張しているせいか、なぜか鉄の味がする。
「いや、いないです。先輩がかっこいいなって思ってて」
「あ、俺!?」
思わず吹き出す。
少女は照れる様子もなくにこにこと頷いた。
やっぱきたこれ。
「はい。先輩を応援してます」
まっすぐな瞳で言われると嬉しいを通り越して少し怖い。
話したこともないのになぜ…。
どうしたらいいか分からず横を向いた。
校舎の窓にはいかにも告白されている様子の男と美しい…あれ?
もう一度彼女に目を戻す。鋭い目と視線がぶつかる。
そしてまた窓ガラスに目を向けた。
「私先輩と仲良くなりたいです」
そこにはいかにも告白されている様子の男と美しい女の子。
気のせいか。一瞬彼女の影がないように見えた。
熱中症になりかけてんのかな。
スポドリを口に含み、彼女に視線を戻した。
ひんやりとした汗が背中に流れた。
6/15/2025, 10:56:02 AM