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1つだけ、ちょうだい。

 僕の前に座った猫が、そんな目で見てくる。僕が手に持っているのは、小魚の煮干し。猫ってやっぱり、こういうの食べるんだ。

「いいよ。1つだけやる」
 
 その猫は差し出した煮干しを僕の掌の上で食べた。時々あたるざらざらな舌がくすぐったい。

「んにゃ〜」

やっぱりもう1つだけ、ちょうだい。

 多分その声には、そういう意味があった。
 僕はもう1つ、煮干しをやる。

「1つだけ」という言葉は、とても不透明だ。最初は本当に1つだけの願いだったとしても、一度体験してしまえばさらにねだるようになる。1つだけとは、結果的に一つ以上の要求なのだろう。
 そうするのは、人間だけだと思っていた。人間だけが、厚かましくもそんな欲望を持っていると思っていたから。でも、猫もそうなのか。生物は生きている限り、必ずその胸に欲を秘めている。
 その欲を、お互いに突き放したりしないようにすることが、平安をもたらす1つだけの方法なのだろうか。

4/3/2023, 1:02:09 PM