大学生の息子が久しぶりに帰ってきた。
「オレでも作れるレシピ教えて。あと、道具を一緒に探してよ」
最近、自炊を始めたらしい。
レシピなんてスマホで簡単に探せるだろうに、母を気にかけて、わざわざ来てくれたということだろうか。
目的地までお互いの近況報告を話しながら、さりげなく車道側を歩く息子。
すっかり、いいオトコ予備軍になったものだ。
ふと、手にしている鞄が目に入る。
使いやすそうなオリーブ色の鞄に、小さな赤いマークが付いている。
気になって、思わず鞄に顔を近づけてしまい、「ん?どうした?」と上のほうから息子の声が飛んでくる。
「ごめんごめん、見えなかったもんだから、つい」という答えにも全く気にしない様子で、鞄が見やすくなるように、大袈裟に身体ごとこちらに向けて見せてくれた。
「あっ、テントウムシ。テントウムシのバッジなんだね」
オリーブ色の帆布の鞄に赤いワンポイントが効いている。
「このトートバッグ、カーキね。オリーブ色じゃなくて」
褒めたら何故かトートバッグの色を訂正された。
「うるさいなあ、一丁前にオシャレ気取っちゃってさ」とわざと拗ねたフリをしてみたら、「いい歳の大人が何してんの」なんて、笑いながら軽くいなされた。
「最初はさ、コンビニ弁当でいいやと思ってたんだけど、食費がヤバくて。で、作ってみたら、案外楽しくてさ」
そう話す息子は、やはりどこか顔つきが変わってきた。
今日は息子のリクエストで、カレーライスを作ってあげることになった。
残ったカレーを持ち帰る気満々の息子は、2人分にしては多めの食材を買うついでに、鍋とおたまをしっかりと購入していた。
家に帰る道すがら、他愛もない母のお喋りに相槌をしていた息子がテントウムシの話をし始めた。
「オレのラッキーモチーフはテントウムシなんだよね」
母の知らない息子の一面が急に出てきた。
「初めてテントウムシに触ったたき、幼稚園くらいだったかな。自分より小さな命にどう触れればいいのか分からなくて、母さんから見たらたぶん、潰してしまいそうな感じだったと思うんだよね。そしたらさ……」
そう話して、自分の左手を指をそっと伸ばして、優しい視線を私に向ける。
「『テントウムシさんはね、幸せを運んでくれるムシさんなんだよ』って教えてくれたんだよね。覚えてる?」
……思い出した。
息子の指に止まったテントウムシを私の指にそっと乗せて、二人で見守っていたら、小さな羽をぱぁっと広げて、空高く飛んでいった。
「あのときから、テントウムシを見ると、なんか幸せな気分になるんだよね」
ゴソゴソとポケットから小さな袋を取り出した。
「さっき、似たようなバッチを見つけたから」
差し出された袋の中から、小さな赤いテントウムシが顔を出した。
【小さな命】
2/25/2026, 7:48:43 AM