Ryu

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バスを待つ彼女の横顔はいつも物憂げで、その横顔に僕は恋をしていた。
醸し出される大人の雰囲気。
そこはかとない色気と、妖艶さまでを感じるほど。
クラスの女子には感じたことのない女性そのものを、彼女は身にまとっていた。

恋は実らずに、僕は社会人となる。
仕事はキツく、ミスを繰り返しては怒鳴られ、プライドを削り取られてゆく。

そんなある日、初めて美容院デビューしたお店で、バス停で見かけなくなって久しい彼女に出会う。
彼女は美容師として働いていた。
でも、あの頃の面影はまるで無く、満面の笑顔で接客する彼女は、まるで別人のようだった。

偶然彼女は僕の担当となり、僕はドギマギしながらも、鏡越しの彼女に当時のことを話す。

「朝のバス停で、あなたをよく見かけてました」
「そうなんですか。もう何年も前ですよね。私が、前の会社に勤めてた頃のことですもんね」
「会社、やめられたんですか」
「ええ、あまりにも仕事がキツくて、毎日のように怒鳴られて。朝のバス停じゃ私、死んだ魚みたいな目をしてなかったですか?」

大人の色気と妖艶さを持った、死んだ魚だったのか、あの当時の彼女は。
憂いにあふれる朝を繰り返す彼女にとって、物憂げな雰囲気が横顔に滲み出ることは必然だったようだ。

今、こうして僕の髪を切る彼女は楽しそうで、接客中であることを差し引いても、前の会社をやめたことは彼女にとって正しい選択だったのだろう。
アンニュイな横顔に惹かれていた僕にとっては複雑極まりない展開だったが、当時の思い出を楽しそうに話す彼女の笑顔も、色気と妖艶さは無くとも、恋が芽生えそうなほどの魅力を含んでいた。

店を出ると、物憂げな空が広がっていた。
あの頃の彼女に似合う天気だった。
僕はといえば、明日の仕事に対する不安な気持ちと、また次回の美容院で彼女に会える期待が入り混じって、気楽に考えていいのかな、いざとなったら別の道だってあるんだ、と自分に言い聞かせながら、家路を歩いた。

あのバス停の前を通り過ぎる。
物憂げな空の雲の隙間から、ゆっくりと太陽の陽射しが差し込むのが見えた。

2/25/2024, 2:16:27 PM