川瀬りん

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『距離』


これは、歴史に埋もれたどこかの奥方様の話です。

私が語りますは今から500年前のことです。
とあるお方の姫君が、そこそこのお城を持つ殿方にご正室として迎え入れられました。
今から見れば結婚というイメージから幸せなことのように感じますが、ご正室というのは謂わば政略結婚。そこに愛はなく、顔も性格も知らぬ殿方に嫁ぐなど不安でしかなかったと思います。

しかしながら、姫君はそれを悟られないように振る舞うのが得意でした。
ちなみに私は姫君が幼少の頃よりお側でお仕えしてしている名もなき忍。
共に見知らぬ土地に参ったのです。

姫君……もとい奥方様はそれは鉄仮面の如く、表情を変えませんでした。
城の者共は一切笑わぬ奥方様に「愛想がない」など色々口にしておりましたが、私にはわかるのです。
それは自衛であったと。

奥方様は嫁いでからだんだんと殿に心を奪われてしまったのです。
しかし殿は寵愛しているご側室様を抱えられており、ご正室である奥方様には目もくれていません。
奥方様は私に語っておりました。


「私は家同士の繋がりや政のためだけにいるお飾り。役目を果たせれば何でも良いのです。あのお方の心は私には贅沢すぎます」


奥方様は表情を崩さず過ごすことで、気持ちを隠すように耐え忍んでいたのです。

忍である私には何も出来なかった。
夫婦であるのに奥方様の片思いは、例え同じ城に住んでいようとも例え義務で殿が寝床に来ようとも距離を感じさせるものでした。


一生このまま終えるのだろうかと思っておりましたが、転機は訪れたのです。

奥方様が玉のように可愛い女の子を生むと、殿はバカがつくほど生まれた姫を溺愛なさったのです。
毎日毎日会いにくる度に、姫のことで奥方様のお話になったことが幸いしたのでしょう。
奥方様の貼り付けていた鉄仮面が壊れ、笑みを見せるようになりました。
それに殿が心を奪われたようなのです。

それから殿が戦でお亡くなりになるまで二人は仲睦まじく、私から見ても一度近づいた距離が開くことはなかったのです。


……なぜ私が500年前のことを語るかって?
そんなことはどうでも良いじゃないですか。私は影に潜む忍。
私のことは気にせず忘れてくださいな。




2023/12/02
(創作)

12/2/2023, 3:41:15 AM