かたいなか

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「街、って言えば、投稿文のネタを閃くのがだいたい街の中とか、散歩中とか、ともかく屋外なんよ」
数ヶ月前、2月28日に書いたお題が「遠くの街へ」だったわ。某所在住物書きは過去投稿分をスワイプしながら、己のネタの源泉を告白した。
なお「街」と「町」の違いについては省略する。

「食料買い出し中とか、目的地に行くときとか、ぼっち旅してる時とか。あとメシ食ってる時かな。
おかげで七割八割、投稿文が日常生活ネタだわ」
街の中や食事中に大抵の投稿ネタが閃くせいで、俺の投稿の傾向、どうなったと思う?
物書きは息を吸い、大きくため息を吐き、ポツリ。
つまり食い物ネタの投稿が非常に多いのだ。

――――――

最近最近の都内某所、某地元密着型のスーパー、値引き商品の多さによってその街の住人の食費と胃袋とを支えているそこ。
日中の暑さ引かぬ夕暮れ時に、「付烏月」と書いて「ツウキ」と読む変わった名字の男性が、
店内の青果コーナーで、己の友人たる藤森が見覚えのない子供と一緒に居るところを発見した。

「なにしてんの、藤森……?」
ポツリ小さく、付烏月が呟く。
未婚の藤森に子供が居る筈がない。
雪国出身の上京組なので、多分親戚でもない。
白地に、赤いラインで背中に狐の尻尾を刺繍した、浴衣だか甚平だか作務衣だか知らない和服を着た、男女分からぬともかく「子供」。
藤森の手を掴み、店に並ぶ食材と調味料と試食台とをキョロキョロ、好奇の目で見ている。
誰だあの子。 どうした藤森。
付烏月は首をこっくり、右に傾けた。

蛇足ながらこの「謎の子供」、前回と前々回投稿分に登場する「末っ子」、「看板子狐」である。
詳細はスワイプが面倒なので気にしてはいけない。

「『かなっぺ』って、なに?」
話を元に戻す。とりあえず尾行開始。
背中にプリントされた狐尻尾の刺繍をチラチラ揺らして歩く子供に付かず離れず、付烏月は熊本県産カット済みスイカの半額350円をカゴに入れた。
子供の手には、クレヨンでぐりぐり判別不能な記号(少なくとも付烏月には、それは文字には見えなかった。ともかく「何か」)の書かれたメモ帳がある。

「たしか、フランス料理だったと思う」
藤森はミョウガと大葉とニンニクと、それから山椒の葉をポイポイ、割引パックを優先してカゴに入れていく――値引き作業中の店員と目が合った。手にしたカットサラダが丁度、消費期限間近だったらしい。
「ビスケットとか、クラッカーとかを土台にして、その上に好きな具材をのせる。
薄く伸ばして焼いた餅でお前の母さんが作ってくれる、アレのようなものだよ」

『お前の母さん』?!
妙な単語を発した藤森の声に、付烏月はギョッとしてカット済みパインのパックをツルリ、ツルリ。
危うく落としかけ間一髪で持ち直し、元の棚へ。
お前の母さんって誰だ。藤森はどこの人妻、あるいはシングルマザーの子を連れて歩いているのだ。
あの誠実で、真面目で、心優しくお人好しの心清い藤森が、昼ドラの入口に突っ立っている!?
付烏月の心臓はバクバク忙しく拍動して、舌先と唇からは血の気が引く心地であった。

なお再度蛇足を挟むが、別にここからドロドロ展開になるワケではないし、この子供と藤森の外出は両親双方が了承済み、把握済みである。
が、付烏月はそれを知らない。

「それじゃ、ハンニャノオユは?」
とんでもない場所に居合わせてしまったと付烏月。冷や汗の出る彼を知りもせず――ただ藤森の方はパインのパックの音で付烏月の尾行に気づいたようだが、ともかく彼等の会話は続く。
「ハンニャノオユって、なに?」

「多分『般若湯』、酒のことだと思う」
付烏月に気付いた藤森は子供の質問に答えながら、付烏月にジィーっとジト目。
『言っておくが、断じて小児誘拐ではないぞ』
数秒見て、ため息を吐き、彼から離れていく。

「麦ジュースもお酒?」
「麦ジュース?」
「ととさん、『麦ジュースってなに』って聞いても、教えてくれなかった」
「ビールかな。多分酒だ」
「おいしい?」
「子供はまだ飲んではいけない」
「麦ジュース、むぎじゅーす。これ?」
「それはオーツミルクだ」

なんだろう、あの子供。
なんだったんだろうあの状況。
残された付烏月はポカンとして、カット済みスイカだけ入ったカゴをセルフレジへ通し、退店。
街の台所のひとつであるスーパーから出ていく。
自分が何を買いに来店したかは、完全にド忘れ。
なお付烏月の盛大にぶっ飛んだ勘違いは、翌日、藤森本人の言葉によって解消されたとさ。

6/12/2024, 3:36:55 AM