海月 時

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「ねぇ、死んでくれないかな?」
血塗れの姿。片手に包丁。これは俺が望んだ現実だ。

「真面目に生きなさい。甘えず、誠実に。贅沢はせず、謙虚に。」
小さな頃から、唱えられてきた言葉。確か、曽祖父からの言い聞かせだったはず。俺は、この言葉が嫌いだ。この言葉を言われると、まるで自分が怠惰のように思えてしまう。そして、そう思えば思う程に、脳が侵されていく。

俺の人生は、平凡なものだ。欲を言うことは許されずに育ったせいだろう。俺の人生同様、俺自身も平凡でつまらない人間になってしまった。きっとこれは、望まれる人生なんだろう。それでも、心の何処かでは何かが風化していくようだった。

俺が心の限界を知った時には、もう手遅れだったようだ。手には包丁が握られ、シャツに付いた血が冷たさを帯びていた。目の前には、空になった祖母の身体。俺はそれら全てに意識を向けた。瞬間、吐き気が込み上げてきた。そして、同時に喜びが染み渡った。俺は笑いながら吐いた。
「やっと、自由だ。」
掠れた俺の声が、解放を告げた。

「ねぇ、死んでくれないかな?」
俺は、実の父親に刃先を向けた。父は怒号をあげた。
「お前を、そんな奴に育てたはずはないのに。どこで間違えてしまったんだ。」
「そうだね。アンタらが育てて来た模範人間は、もう死んだんだよ。」
俺は父の喉に一突き。父は黙った。

きっと、俺の今の姿は、望まれないものだ。誰も望んではくれないものだ。しかし、俺にはその孤独が心地良かった。今まで味わった事のない、スリル。俺の人生が終わるまで、このスリルに飽きるまで、俺は自由に生きてやる。

11/12/2024, 3:49:38 PM