雛朶

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君と紡ぐ物語

「アハハっ笑」
空のビール缶が2つ、新しい缶が5つ。
彼は自分の欲求のために僕を求めて、
僕は僕のせいで亡くなった元恋人の換えとして、
彼を求めている。

大きな一軒家。その家の合鍵。
鍵を回さなくても開くドアに小さなため息をもらす。
何も無いリビングに、下に続く螺旋階段。
螺旋階段を降りていくと、少し丸まっている背中を壁にくっ付けて真剣な顔でギターをいじっている男。
防音効果が高いこの地下で一生懸命に楽器をいじる男と、ドラムにバイオリンに太鼓。
''天才'' の塊な男。

高校2年の春。
僕がエレキギターを始めた歳。
毎日、毎日、放課後の誰もいない教室でエレキギターを強く握りながらぼーっとしていた年。
1つの花瓶が置かれた机。毎日変えられていた花はもう無く、残り水だけの花瓶。みんな最初は悲しくて毎日花をさしていたが、次第にみんな最初から無かったかのように花は刺されることのない花瓶が一つ置いてある。
そこに毎日座りながらエレキギターを握る。
僕はエレキギターなんてわかんないし、種類も弾き方も、楽譜の読み方も分からない。
でも元恋人が唯一残してくれた遺物。
元恋人が弾く所はずっと見てきた。楽しそうに弾くところも全部が大好きで、音楽と恋人が更に好きになった。
そんな大好きな恋人とちっちゃな喧嘩をした。

寒くなってきた11月。
次のライブがあるとかでバイトをして、それ以外はスタジオに籠る恋人。
最初は何も思わなかった。高校も別々の高校を選んで、全然会えてなかったし、別に恋人が好きでやっていることを否定とか、したい訳じゃ無かった。でも心が違和感を抱き続けていた。今思えばただの嫉妬だったのかもしれない。恋人にあった時にその嫉妬心が爆発してしまった。そこからはすれ違いの連発。
「俺は音楽も好きだけどお前も好きだ。」
と真剣に言ってくれた恋人。
でも信じられなくて「音楽か僕がどっちかにしてよ、僕が好きなら音楽やめてよ?!」と意味わかんない思考をぶつけながら喧嘩が長引いていく。
「あぁいいさ、音楽やめていい。それくらいの覚悟があるくらい好きだ。」
と言う言葉を信じられずに、「あっそ、そんな覚悟ないくせに、そこまでできるんだったら僕の為に死ねるよね?」と絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。嘘だと言いたいけど僕のプライドがそれを阻止した。そして大好きな恋人を押しのけてその場を後にする。あの時の彼の悲しそうな顔を今でも覚えている。
これがいけなかったんだ。
あんな軽く死ねるのかなんて言ったから。
3日後彼は自宅で首を吊って亡くなった。
綺麗に収納されたエレキギター。
彼の年齢では飲める所まで達して居ないのに飲みかけのビール缶。
冷えきった彼の身体。
''それが僕と元恋人を狂わせた鍵だった''

高校3年の夏。
2年まであった彼の机は3年に上がると元々無かったかのように教室から消えていた。
ぼーっとする場所が亡くなった僕はフラフラと歩きながら音楽室を開ける。
彼の形見のエレキギターを背負いながら。
その2日後、音楽室が開いていた。
誰か居るのかと思い、こっそり中に入る。
そこにはエレキギターを抱えながら眠る彼の姿。
美しい顔立ちをしていて、見惚れていると、
夢から覚めた彼と目があった。
「こんにちは。」と気弱そうな声。
彼が僕をジロジロと頭の先からつま先まで見ている。
「ね、ねそれエレキギターでしょ?弾けるの?」
と、初対面なのに軽いタメ口の彼。
「いや、弾けないけど」「あっ弾けないんだ」
と驚き顔の彼。少しイラッときた。
そこから毎日音楽室に彼が居るようになった。
結構話すようになって楽しさに溺れていた時、
「ねぇ君さ、何かに呪われてでもしてんの?」
と意味不明な爆弾を落とす彼。
「そのエレキギター古いヤツだよね。君がそれを自主的に買うとは思えないし、前から話してて気づいたんだけどそれ元恋人とかそこら辺のでしょ」と名探偵のような推理を言ってくる彼。
「うん、あってるよ。君が想像する通り、元恋人の」
ふーんと自分から言ったくせに興味無さそうな彼。
「まぁ俺のせいで亡くなったんだけどね」とぶった斬ると「えっ何重っ」と逆にぶった斬られる始末。
「うん。形見なんだ。僕が僕の為に死ねるのとか聞いたらほんとに亡くなっちゃってさ、本当に馬鹿なヤツだったよ。」と長々話すと、''悲しそうな顔''と頬を掴まれた。

''じゃあさ、僕でそのかけた部分を満たさない?''

そこからが始まり、彼は僕を求めて、僕は彼を求めて、2人の心の掛けた部分を埋めあった。
それが1番いい心の癒し方だと思ったから。
僕と彼だけ空間の世界。

そして、これは僕と彼が一緒幸せになれない物語だ。

𝐹𝑖𝑛.


11/30/2025, 3:41:30 PM