ある日突然。
なんの前触れもなく、彼女がゲーム機本体とゲームソフトを持ってきた。
どうやら先日観た配管工ブラザーズの映画に感銘を受けたらしい。
持ち込んできたソフトは、そのブラザーズシリーズの内のひとつ、カーアクションゲームだ。
あろうことかというか、よりにもよってというか。
映画の作中にも出てきたレインボーなロードを、ヒロインであるお姫様のキャラクターを使って走り込みたいというのだ。
そのコースは少しゲームをやり込まないと解放できない。
そう端的に伝えると、彼女はとても無邪気な笑顔を俺に向けた。
「わかった。なら外で少し走ってくるから、できるようになったら教えて」
どこぞのお姫様よりお姫様みたいなことを言い放ち、彼女はリビングを出ていってしまう。
俺は爆速でレインボーなコースを開放した。
*
そして現在。
オフラインでプレイしてよかったと、心の底からホッとした。
環状となっているはずのレインボーなステージで、彼女は迷子になっている。
ぴょんぴょんポッピングする小技を使いながら小回りを効かせるくせに、進行方向を見失っていた。
『この虹の架け橋は、どこから始まったんだっけ……?』
『花火がきれいっ、でもこれ、いつゴールできるのかな?』
『あっ。仙人さんも一緒に花火見てくれるの?』
プリンセスご乱心。
まさかのコース逆走である。
『やったあっ! 今度はカーブきれいに曲がれたっ、ぎゃああああああっ!』
『うう、いつも助けてくれてありがとう。仙人さん』
プリンセスが障害物にぶつかってコースアウトした。
ちなみに彼女が「仙人さん」と称しているのは雲に乗ったカメである。
配管工ブラザーズには敵として登場することが多いが、このカーアクションゲームでは審判を務めていた。
逆走すればアラートとして登場してくれるのだが、彼女は相棒かなにかと勘違いしている。
そんなハンドル技術のため、いつまで経ってもゴールできない彼女の順位は当たり前だが最下位だ。
『えっ、最、下位……? 私が? ……なにかのバグかな?』
『ふふっ。参加することに意義があるもんねっ!』
『みんなが私に注目している……っ!?』
ムキになるわけでも怒り散らすわけでもなく、ひたむきに明るい発言が逆に痛々しくて聞いていられない、地獄のような空間ができあがる。
ゲームに振り回されている彼女がかわいいからと、ろくに説明もせず静観していた俺は罪悪感で押し潰されそうになった。
しかし、穏やかにプレイしている割には、俺が使っていたキノコのキャラクターに対して当たりが強い。
『なんだこの生意キノコ。コイツお姫様の家来なんじゃなかったのかよ』
『ヒャッハーヒャッハーうるせえな』
『そのキノコ帽子の下はどうせハゲてんだろ。弾け飛んで生き恥晒せ』
あまりにもお口が悪いから、バナナの皮を目の前に置いてやったら見事にスリップしてプリンセスがぶっ飛んだ。
中指を立てながら、物凄い暴言をまくし立てられる。
プリンセスはそんな汚い言葉は使いませんよとキスでお口を塞いでやった。
その後、俺は蹴られた。
傷ついたから別のキャラクターを使ってみたら、今度はそのキャラクターに対する当たりが強くなる。
あれ?
もしかしてキャラクターではなくて俺が嫌われている?
ちょっとカメの甲羅抱えて彼女の周りをうろついたり、小さい彼女もとってもかわいいからカミナリで小さくしてみたり、アイテムボックスの下にバナナの皮並べてみたりはしたけど、それは全部彼女の絶叫がかわいいからである。
全部愛情表現だ。
だから彼女に嫌われているはずがない。
休憩を挟みながら2時間ほど、彼女はレインボーを迷走した。
俺以外の相手がNPCということもあってか、比較的穏やかにゲームを終える。
満足そうにコントローラーを置いた彼女は、爛々とした目を俺に向けた。
「れーじくんゲーム上手だねっ!?」
「…………」
彼女のゲームセンスが壊滅的なだけだなんて、とてもではないが言える雰囲気ではない。
無邪気にはしゃぐ彼女の表情には後光がさしていた。
無法地帯となったあの口で暴言を吐いていたとは思えないほどの、朗らかな笑顔である。
「ありがとうございます」
それはそれとして彼女に褒められるのはうれしいから素直に褒め言葉は受け取っておく。
「でもあんまり意地悪を言われてしまうと、なんだか……開いてはいけない扉が開いてしまいそうなので……程々にしてください」
心臓を押さえながら必死に訴えたら、北極海よりも冷えた瞳で俺を刺して蔑んだ。
「……気持ち悪……」
ああっ♡
そんなあなたも愛しています♡
『虹のはじまりを探して』
7/29/2025, 3:34:37 AM