ほおずき るい

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麗らかな春の日差しが降り注ぐ片田舎の道路を走る。フロントガラスから差し込む光が眩しくて思わず目を細めると小さく笑われる。
「眩しいのに遮光板つけない癖まだ残ってたの?」
「危ないじゃない。なんか飛んできたら気づかないでしょ」
「そんなことないと思うけど...」
困ったように眉を寄せるこの女の着ている真っ白なワンピースには所々黒ずんだ血がついていて、それが艶々として長い黒髪と透けて消えてしまいそうな白い肌という容姿を不気味で異様なものにしていた。
「ユキのためにこんなことしなくて良いんだよ」
「黙ってて」
彼女は後部座席に分厚いカーテンで包まれた、ちょうど人一人分の大きさの塊を見て言う。バックミラーでそれを確認して、汗ばんだ手に力を入れる。
「別にあんたのためなんかじゃない」
「優しいねぇミナミは」
優しくなんかない。これは私のエゴだ。本当にバカだと自分でも思う。こんなことをしたのを誰かに知られたら刑務所行きだ。

 自宅のガレージに車を止めて後部座席からそれを取り出す。死後時間が経っていたからかカチカチに固まって冷たくなっているこれは持ち上げた時、泣きたくなるほど人の形を保っていて、魂が空っぽだからかとても軽かった。
「ミナミ、泣かないでよ。ちゃんと人の形はしてるでしょ?」
「うる...っさい...!泣いてなんかないってば...!」
彼女から目を逸らしてこれを裏庭に広がる雑木林に運ぶ。祖父が死んだ後私に残してくれた遺産だったが、うまいこと手入れができずに鬱蒼としていて雑木林と言うより森のようだった。
 その少し開けた場所にカーテンに包まれたそれを置き、スコップを取りに行った。彼女は来なかった。

 納屋から雑木林に戻る途中で倒れるほど強い風が吹いて、カーテンが捲れてやしないかと不安に駆られて早足で戻ると案の定カーテンは捲れていて中身が見えていた。彼女はしゃがみ込んで死んだそれをどうでも良さそうに見ていた。
「唯一の良いところだったのに顔もぐっちゃぐちゃになっちゃったね。ミナミもそう思わない?」
「言ってる場合じゃないでしょ。早く戻さなきゃ」
紫、青、赤とカラフルで不気味な痣に彩られたその顔は生前どんな見た目だったかもわからない。ただその美しい黒髪だけは脳に強く、強く訴えかけるのだ。
 1度目を瞑り、捲れたカーテンをかけ直して穴を掘り始める。少し湿った土は柔らかく、そして重かった。春とはいえども直射日光を浴びた背中はじっとりと汗ばみ、しょっぱさが時折口に広がる。
「ミナミ、自分を責めないであげてね。痛かったと思うんだけど、それはミナミのせいじゃないよ。ユキのせいだよ」
「あんたのせいでもないでしょ。あの2人が悪いんだから」
彼女はちょっと驚いた顔をしてふっと穏やかに微笑んだ。
「ありがとうミナミ。大好きだよ」
私は答えることができなかった。いつもなら、笑って返せるのに今回に限っては喉の奥がひっついて声が出ない。

 すっかり日が暮れた頃、カーテンに包まれたそれはぽっかりと空いた穴に収まる。
「これで後は埋めるだけだね。手伝えなくてごめんね...ミナミ、埋めないの?」
彼女、ユキは私の顔を覗き込む。きっとひどい顔をしているんだろう。顔から出る液体全部出ているに違いない。真っ青か、真っ赤かわからない顔色で泣いているに違いない。
 そんな私をユキは立ち上がってそっと抱きしめた。
「ごめんね、ミナミ。こんなことになっちゃって。恨んで良いよ、嫌いになっても良いから。泣かないで」
「っなれるわけないじゃん...!嫌いになんて、なれないよ..!」
目を丸くしたユキは頰を緩ませた。血色のないその頰がかすかに赤くなったように見えた。
「...ありがとう」
「大体何で勝手に死んでるの!今日は、一緒に出かけるって、約束したのに!」
「うん、ごめんね」
「だから早く逃げようって!言ったのに...!」
所詮は独り言だってわかってる。
 ユキ、雪乃は死んだ。今穴の中でカーテンに包まるそれはユキで、今私を抱きしめているのもユキ。いや、ユキの幽霊だ。

 今朝私はユキを迎えに行った。出かける約束を果たすためだった。ユキの両親はユキを虐待していた。いわゆる毒親というものだった。大学生の私と同い年のはずなのにユキは学校にもいけず、家に閉じ込められていつも殴られていた。
 でも打ちどころが悪かったのかユキは動けなくなってしまった。動かなくなったユキが1人家に取り残された理由なんて考えなくてもわかる。だから私はユキの体を車に乗せた。

 異変はそこから始まった。

ユキを後部座席に乗せて運転席に乗り込むと助手席にはユキが座っていた。叫ぶかと思った。
「驚くと思うけどさ、多分そのうち消えると思うからあんまり気にしないでよ」
驚きやら恐怖やらで声が出ない私にユキは苦笑してそう言ったのだ。そういう問題じゃないと叫びたかったが何も言えなかった。否定してしまったらユキが消えてしまう気がした。
 幽霊のユキは生きている時のユキと何一つ変わらなかった。傷ひとつない綺麗な顔で綺麗に笑って、鈴のような声で笑う。そして誰の目にも映らない。生前から大人たちはみんなしてユキをいないものとして扱った。あの頭のおかしい奴らに関わりたくないというのが本音だったのだろう。
 でも私は大人たちの止める声を聞かずにユキにこっそり会い続けた。いつかここから逃げてしまおうと計画も立てた。そのために私は免許も取ったしユキはこっそりとお金になりそうなものを貯めていた。
「でも生身じゃないけど一応あの家からは出れたし結果オーライじゃない?」
そう言われた時はひっぱ叩いてやろうかと思ったけど、どうせ私からは触れないのがテンプレートだ。睨むだけに留めていた。

 幽霊との妙なドライブはほんの少し楽しかった。ずっと車を走らせたいと思うほど。家に戻ってユキを埋めたくなんかなくなった。あの家にいたら、絶対に放置されてドロドロになってしまうから連れてきたけどユキを埋めたら幽霊のユキは消えてしまうのだろうと直感していた。
 だから今も土をかけるのを躊躇ってしまう。

 まだ言いたいことも言えていない。まだ行きたかったところに行けてない。まだ十分にユキと生きていない。まだしてないことがこんなにあるのにどうして、彼女に重い土をかけて隠してしまえるだろうか。誰よりも美しい彼女を。
 私の葛藤に気づいたユキはスコップを握る私の手の上から自分の手を重ねた。
「ミナミ、連れてきてくれてありがとうねぇ。あの家から出られて本当に良かったよ。ミナミ運転上手になったね、もうちょっと乗りたかったなぁ...ね、悲しいけどさ、このまま私を野晒しにしたらミナミが捕まっちゃうよ。埋めて?ユキの最後のお願いだよ」
「...本当に卑怯だ。そんなこと言われたら断れないって、わかってるくせに」
「うん、ユキは卑怯な子だよ」
どこまでも呑気で自分が消えることもわかってなさそうなその無邪気な笑顔に歯を食いしばるもスコップで土を持ち上げ、震える手つきでユキの体にかける。
 残りは顔の部分だけとなったところで手を止める。
「どうしたのミナミ、疲れちゃった?ちょっと休む?」
首を振る。
「まだ最後の挨拶してないじゃん」
スコップを近くに突き刺して埋められてるユキの顔にかかったカーテンを捲る。相変わらず誰かわからないほどひどく傷がついたその顔はそれでもやっぱりユキだった。
「ユキ、愛してる。これからも、ユキが死んでも。おやすみ、ユキ」
さようなら、私の最初で最後の恋人。誰よりも愛おしくて何を犠牲にしても良いと思えた人。
 最後に土をかけた瞬間、ユキは溶けて消えてしまった。




このお話は私の別名義のアカウント「ヒメオウギ」と言う名前でpixiv様にて投稿させていただいた小話です。こちらに載せていないお話等もそちらにありますので気になった方はぜひご覧ください。決して無断転載等ではありませんのでご安心ください。名前も小説家になろう様にて使っているアカウント名のひらがなバージョンです。

1/27/2026, 10:44:26 AM