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脳裏

 その金色の髪は晩夏の空の下で光を弾き、チカチカと跳ねるような輝きを脳裏に焼きつけた。

「もう金髪にはせんのですか、上官」
 会議室からの帰り、西陽が差し込む休憩所で缶コーヒーを受け取りながら尋ねれば、相手は一瞬不思議そうな表情を浮かべたあと、いつものように苦笑した。
「さすがにねぇ。怒られちゃうから」
 誰に、とは言わないが一人しか思い当たらない。いや、嫌味を言うであろう人物を含めれば二、三人は増えそうだ。
 けれどもそれが金髪にしない理由ではないだろう。怒られようが嫌味を言われようが、彼は一度こうと決めたらそのままとりあえず突っ走る男だ。あとのことは走ってから考える。今も昔も、その点は変わらない。
 だから亜麻色に染められている彼の髪が金髪にも元の黒髪にも戻らないのは、その必要がないからだ。
「金髪の方が良かった?」
「いや、驚くほど似合ってなかったなと思い出しまして」
「ええー……」
 情けない声を上げながら反論はしない。それなりに自覚はあったのだろう。
「じゃあさ、黒髪のオレと、金髪のオレと、今のオレと。どれが一番好き?」
「黒髪時代は生意気だと思いましたし金髪時代は馬鹿やってんなと思いましたし今は面倒クセェなこいつって思ってますよ。なんですかその面倒くさい彼女みたいな質問」
「ひどい!」
「まあ、一番長く見てて見慣れてるのは今の状態ですかね」
 その髪も、制服も。もはや好きとか嫌いとかの話ではない。
 その言葉を聞いて指を折り、年数をちまちまと計算していた相手が「本当だ!」と今更驚いたように顔を上げた。
「いや、数えるまでもないでしょ」
「そうなんだけど、なんか改めて年数として認識したらびっくりしちゃって」
「そういうところですよ」
 思いついたらそのまま、勢いで走り始めてしまう。まっすぐに前だけを見て走り続けているから、こうして昔話をしないとうっかり意識の外に放ってしまう。
 もちろん、忘れることは決してないのだけれど。
 少しも似合っていなかった金髪が脳裏に焼きついているのは、足を止めかけていた彼が再び走り出す決意を込めた、晴れやかな顔を覚えているからだ。
 その瞬間を自分だけはきっと、いつまでも鮮明に覚えているのだろう。

11/9/2023, 1:14:12 PM