【これまでずっと】
ざぷんざぷんと寄せては返す波の音が、夜の浜辺に静謐に響き渡る。揺れ動く水面に浮かんだ満月をじっと見つめながら、僕は自分の膝を抱え込んだ。
何度も君と共に見た景色。僕の心が摩耗するたびに、君が僕の手を取って連れて来てくれた場所。
温かな食事がこの上もなく美味しいことも、誰かを傷つけてはいけないのだという倫理観も、君の隣にいる時だけやたらと跳ね動く心臓の鼓動のやかましさも、人間として生きるために必要なものは全部君が与えてくれた。君の存在が、僕を僕として生かしてくれていた。
君がいなければ、僕はただの抜け殻に戻ってしまう。これまでずっと、そう信じてきたのに。
(何でだよ)
誰にも届くことのない怨嗟の念を、心の中だけで吐き捨てた。この世界のどこにも、もう君はいないのに。なのに僕は人間の形を保ったまま、人間のように思考をして息をしている。肺の奥の空気を全て、深く深く吐き出した。
(何で僕の心も、一緒に持っていってくれなかったんだよ。馬鹿)
君がいなければ生きていけない――ずっと信じてきたその想いがしょせん嘘だったこと、知りたくなんてなかったよ。
7/12/2023, 1:36:38 PM