・巡り会えたら
「わたし、生まれたくなんてないわ」
やわらかい雲の布団にくるまって、その少女…とおぼしき『たましい』は言った。かたわらにはもう一つ、少年…とおぼしき『たましい』が、愛おしそうに控えている。
「ぼくは、早く生まれたいなぁ。人間になって、早く君をこの腕で抱きしめたいもの」
たましい、とは、ふわふわした、実体のない存在だ。手もなければ足もない。でももし、その時彼女が顔を持っていたら、その顔は真っ赤だったに違いない。
僕はそっと、二人に近づく。一切の感情を消して。義務的に。
「生まれる準備ができました。お二人とも、こちらへどうぞ」
僕は天使。この空の上で、神様の助手として、たましいがうまれる手伝いをする者。保護者、と言ってもいい。幸せそうに後をついてくる二人が愛しくて、僕は思わず泣きそうになる。
世界の広さを、この子らは知らない。生きているうちに出会える確率なんて、足元の雲を成している水蒸気の粒よりもわずかなものだろう。
たった一人、僕にもいた。いつか巡り会えると信じて、別れた人が。だけど。
僕の手はあの人に届かないままだ。
「おい。そこの天使。仕事が遅いぞ。順番を待つたましいは山ほどいるんだ。テキパキ動け」
全知全能の、女神様。愛する人は、「山ほどいる」たましいの一つであった僕のことなど、覚えてもいないのだから。
ふっと、自嘲気味に笑って。
「はいはい。分かってますよ」
泣くのは、やめにしよう。僕にできるのは、この子たちを応援することだけだ。
雲の上の天使ではなく、愛する人を持つ、先輩として。
10/4/2023, 7:32:50 AM