寿ん

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あの日の温もり


お父さん指、お母さん指、お兄さん指、お姉さん指、赤ちゃん指、そしてこれは?
子どもって冷酷だ。排他的だ。暴君だ。
わたしのもう一本の指を、何故そんなに気味悪がるの。

だから、その日も俯いて帰っていた。とぼとぼ歩いていたら雨が降ってきて、わたしはみんなが嫌う六本指の手で傘をさした。
四つ角を横切ろうとしたとき、傘がぼんっと何かにぶつかった。顔を上げると、背の高い人が立っていた。あんまり高いから顔は見えなかった。
その人は少し身をかがめて、わたしの手の上から傘の柄を握った。ありえないほど優しくて、何故だか涙が溢れてしまった。

柔らかく涙を拭ってくれたあの人のことを、今も思い出す。その人が手を離してのたのたと去ってから、みんなと同じ五本指になっていたこの手を見つめるたびに。
どこの誰だか、なんてわからない。
だけどもう一つ覚えているのは、頬を撫でたあの手にはたくさんの指があって、それがとても温かかったこと。

今ならわかる。きっとあの人は、わたしみたいな人をたくさんたくさん救ってくれていたのだと。
高すぎる背丈、下がらない熱、治らない歩き方、人より多い指……。それらを一手に引き受けて、滑稽な足取りで世界をまわっているのだと。

あの日から、わたしにあったもう一本の指は周りの誰の記憶からも消えた。
あの日から、わたしにあった温もりは指一本分減った。

どうかどうかと願うのは、あの人に託した温もりが、他の誰かを温めてくれますように、ということなのです。

3/1/2025, 9:46:36 AM