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せっかくの夏休み、
どこにも行けないのは可哀想よ

入院中のお母さんがそう言った
お父さんは小学生の兄妹を連れて
旅行することを決めた 富士山だ

ボートに乗って釣りをしたり
おむすびを持ってハイキングしたり
洞窟探検したり 
焼きとうもろこしを食べたり

兄妹が寂しくないように、
つぎつぎと楽しいことをしてくれた

でも幼い妹は夜になると寂しくて
お兄ちゃんの怪談は怖すぎて
誰より早く布団をかぶって
お母さんを思いながら眠りにつく

目が覚めたら いつもより早い時間
暗くても富士山て見えるのかな
緩んだ浴衣のまま
カーテンを少し開けてみる

真っ暗で何にも見えないや…
そう思った瞬間
空の左端に ぽっと光がうまれた

それが夜明けだと気づくより前に
黒い大きな三角のかたまりが
闇の中から滲むように現れてきた

湖面に同じ姿を映した大きな富士
深い藍から濃い紫いろに変化する空
お母さんの好きな紫いろだ!
富士山も紫いろになってる!

いつも朝寝坊のわたしは
わずかの時間に全ての色彩が
知る限りの色が目の前に
塗り広げられていくこの朝を
瞬きもせず見つめていた

朝日があたためた空気が
白い雲を生み出していくころには
いつもの富士 いつもの青空

帰ったらお母さんに話すんだ
わたしだけが見た
特別の、
朝一番のできたての富士山の

すてきなすてきな色のことを




「朝日の温もり」

#130

6/9/2023, 11:06:53 AM