私は、人間を辞めたかった。喜怒哀楽の怒哀を捨てて、聖母のような、天使のような、それでいて悪魔のような人になりたかった。そうすれば、私は彼に近付けると思ったから。
彼は、純粋無垢な少女のようで、でもどこか人を冷たく見ている人だった。見下してはいないけれど、自分のことを好きだと言う人を有り得ないものを見るような目で見ていた。それはきっと、自己肯定感の無さから生まれた自己肯定感の高さだったと私は思う。
彼は、人の素直に曝け出した嫉妬心を素晴らしい、美しいものだと語った。
彼は、自分の好きなところは全てと言い自分の嫌いなところも、全てと語った。
彼は、人間の汚いところも綺麗なところも全て包んで愛していた。何をされても怒りもせず、ただ愛いものだと目を細めて笑っていた。
私はそんな彼が羨ましく、そして大好きだった。
いや。過去形になんて出来ないくらい今も大好きだ。思い出すことすら出来ないくらい、常に考えている。
私は彼になりたかった。
嫉妬もせず、怒りもせず。自分の周りにいる人全てを幸せにしたいと語った彼になりたかった。
私と同じ人間のはずなのに、どこか違う生き物のような気がする彼に憧れていた。私の理想だった。
だから、捨てようと思った。嫉妬も怒りも哀しみも。ただ、目の前の人間を愛おしく思うだけになりたかった。
だけど、出来なかった。捨てれば私は彼に近付けたはずなのに。
彼が、誰かや自分のために怒ったり哀しんだり、出来るのは素晴らしい事だと愛おしい事だと言ったから。
彼の愛した私の部分だと思うと、いつまでもいつまでも、捨てられなかった。
8/17/2023, 10:26:34 AM