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 家の後ろの方にある、木や草が生い茂る山に、1本の立派な木があった。子供どころか、大人ですら手を広げて囲っても何人も必要だ。そのくらい幹が太く、枝も大人の胴体くらいありそうな、樹齢百年は下らないだろう木だった。
 その木の枝や葉が日光を遮っているらしく、その木の下は薄らと緑があるだけで草が生えておらず、ちょっとした円状の広場のようになっていた。
 放課後、いつも連んでいる幼馴染たちに、今日は用事があるからと遊びの誘いを断られた俺は、ランドセルを部屋に放り投げると、家の後ろの山に探検に出かけた。親からは入ってはいけないと散々注意されているが、好奇心には勝てない。ダメだと言われれば尚更だ。
 そうして草を分けてまっすぐ進むと、大きな木があった。
「うわ……!」
 あまりの大きさに上を見上げると、空を覆うように広がった葉の間から少しの木漏れ日がキラキラとしていた。家の近くにこんな木があったなんて、とキョロキョロと見渡す。すると、俺がきた方向とは逆方向の木の枝に、ブランコが風に揺られているのを発見した。
 丸太を縦半分に切り、断面を削ったものを、大きな木からロープでぶら下げているだけのシンプルなものだった。ずっと使われていなかったのだろう、砂埃に塗れている。
 誰が作ったのだろう、乗れるのだろうか? 俺はブランコに近づき、砂埃を手で軽く払って、丸太に座ってみた。ギシィ! と盛大に軋む音がなるも、落ちる様子はない。恐る恐る、地面を蹴ってブランコを漕ぐ。老朽化でギシギシ音が鳴るが、まだ現役だった。ぐんと空中へ漕ぎ出すたびに木漏れ日が近くなり、それが面白くて夢中で漕ぎ続けた。
 しばらく漕ぎ続けていたが、不意に母の自分を呼ぶ声が聞こえ、途端にお腹の虫が鳴り出した。当たりを見回すと、少し薄暗い周囲が、さらに薄暗くなってきている。探検もここで終わりか、と家に向かって歩き出した。明日、学校でこの木とブランコのことを話そうと心に決めて。

「懐かしいな」
 くたびれた中年の俺は、またその木までやって来ていた。俺がきた方向とは逆、幹の裏を覗き込む。
「お、あったあった」
 そこには、記憶と変わらないシンプルなブランコが風に揺られていた。この木とブランコを見つけた次の日、幼馴染たちに自分の発見を自慢したくて、学校に着くと早速その話をした。得意げに、その木とブランコの場所まであいつらを案内し、あれよあれよという間に、俺とあいつらしかしらない秘密基地になっていた。
 社会の荒波に揉まれ、あの頃の気持ちを忘れていたが、この木を見るとあの頃のワクワク感が戻ってきたかのような感じがした。久しぶりにいい気分だ。
 長い間感じることのなかった、ブランコに乗りたいという気持ちが湧いてきた。
「よし、乗ってみるか!」
 あの頃より少し小さく感じる丸太に腰掛ける。ギシィ!と音が鳴るのは昔と一緒だ。しかし。
ブチブチっ!
「うわっ!」
 あの頃とは違い、老朽化と成長した俺の体重のせいで、丸太を支えているロープが引きちぎれた。痛めた尻をさすりながら起き上がる。
 ブランコのロープの片方は完全に引きちぎれ、もう片方も半分ほど千切れていた。もう乗れなさそうだ。

「はは、お前も歳を取ったな」
 俺が歳を取ってくたびれたように、ブランコも同じ時間を歩んでいた。
 
『ブランコ』
俺にとってはもう1人の幼馴染だった。

2/2/2024, 6:14:43 AM