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♯好きだよ


「私、しいたけ嫌いなの」
「ふうん、僕は好きだけど」

「このドラマ、嫌いなんだよね」
「へえ、僕は好きだけどな」

「あーあ、雨なんて嫌になっちゃう」
「そう? 僕は好きだけどね」

 大粒の雨が激しく窓を叩きつけている。あたふたと逃げまどう人たちを横目に、僕らはカフェでくつろいでいた。
 彼女は窓から僕へ視線を移し、ぷうと子どもみたいに頬を膨らませる。
「私たちって、ほんと合わない」
「うん、それは言えてるね」
 僕は首肯いて、コーヒーを一口含んだ。ほどよい苦味と明るい酸味がまろやかに舌の上を撫でていく。
「――でも」
 カップを置いて、僕は優しく眉尻を下げた。
「そんな君も、僕は好きだよ」
 コーヒー嫌いの彼女はいかにも忌まわしそうな顔をしていたけれど、
「……知ってる」
 と、悔しげに呟いて、口直しというようにオレンジジュースを飲んだ。

4/6/2025, 2:03:59 AM