落ちていた。
どこから、なんて分からない。どこまで、なんてこっちが知りたい。どうして、なんてさっぱり。釈然としない悶々とした何かが心に居座っている。
きっと飛び降りたのだろう。じゃなければ落とされた。……いまとなってはどちらでもいいのだけれど――――いいこともないかも知れないが。
どこからか宙に飛んで、すぐに気絶してしまったのだと思う。それで起きたらまだ落下の最中で意味もなく記憶が混乱している。
つまり、僕の現状はこうだった。
きっと随分と高いところから落ちたのだろう。あたりは白い靄で霞み、落下場所までどれだけ猶予が残されているのかも分からない。
悪あがきに頭から落下していたのを大の字で風を受け止めてみた。比較対象はないからスピードの変化は分からない。
せめて、どうして落ちているのかさえ分かればいいが。
ため息は肌をすべって僕の軌跡を逆走してゆく。
何気なしだった。
ふと横を見た瞬間に、落下してゆくのを見た。僕ではない――――彼女が、頭から真っ逆さまに僕を追い越していったのだ。
瞬間、僕は見つけた。思い出したのかも知れないけれど、確かに一発目の雷だった。
すっと靄に消えそうな白い肌。身体に貼りつきながらもさらさらとなびく真っ黒な髪。文字通り風に身を委ねた四肢が衣服から覗いて。
ぴっちりと閉じた瞼の奥は分からないけれど、揃った睫毛に通った鼻筋。ぽっと明るい頬。唇はきれいに薄付き、その隙間の奥は未知数。
ほんの一瞬の間にこれだけ彼女を捉えてしまった。これを春雷と言わずして何と言うのか。すべてが淡く、すべてが輝かしく、すべてが尊く、すべてがすべてが。一方的に彼女に感情を奪われてしまったよう。
それはきっと僕の落下速度を加速させた。
同時に、僕は見つけた。
もう思い出せない理由などどうでもいい。僕がどこからか落ちた理由、僕が途中で気を失い記憶も混雑した理由、ふと横を見た理由。
偶然などない、と言うじゃないか。
大の字はやめた。
顔面に風を受けて。
目は閉じない。彼女を追うため。
そうして僕は――――――
#落下
6/19/2023, 12:28:27 AM