胡星 (小説書き)

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Theme「透明」



私は透明人間だ。誰にも見えないし、誰にも私の声は届かない。


じゃあ何ができるの?


そう思って私は色々試してみた。そうしたら一つだけ分かったことがあった。


物を動かせる。


たったそれだけ?……

私もそう思った。けど、それが意外とおもしろい。

私が物を持つと、他の人間には物が浮いているように見えるらしい。私は透明だから。

ある日、私は図書館にいた。そして本を持った時。

「本が浮いてるよー」

と、子供の声が聞こえた。

周りにいる大人は怖がってすぐに逃げてしまった。けど、その子供だけはそこに残った。

私はその本は置いて、別の本を持った。

すると。

「今度はこっちの本が浮いた!!」

無邪気な声だった。でもそれがおもしろかった。



私は本を読むのが好きで定期的に図書館に行く。そしてその時に、その子供も来る。

そしたら私は本を持って、色んな方向に動かす。

そうすると……

「右、左、うえ!!」

と、動かした方向を口で言ってくれる。もしかしたらこの子は私の姿が見えているんじゃないか。そう思った。

でもそんなことは無かった。

「本さん。おもしろいねっ」


本。


この子が見ているのは本。私ではない。当たり前のことだけど少し悲しくなってしまった。誰にも私は見えない。



とある日、さらに悲しむ出来事があった。

「本さん。私、引越しするんだ……」

私は本を動かすのをやめた。




そして、その子はもう図書館に来なくなった。








どうやら私に寿命はないらしい。いや、もしかしたらすごく長生きなだけかもしれない。

昔、図書館であったその子。

最後に会った日から110年と14日が経った。

街のほとんどは朽ち果てて何も無い。

人間もほとんどいなくなった。

今もたまに見かけるけど、1年に1回会うか会わないかだった。


私はずっと図書館にいる。いや、正しくは図書館があった場所……かな。


33414……

1052167……


図書館にいる意味はないけれど、なんとなくいたかった。あの頃の思い出を忘れたくなかった。


ある日、私は「シオン」という花を持って図書館に向かった。

そしてその子と出会った、あの場所に植えてみた。

「……あ、り、が、と、う」

私は涙を流しながら、誰にも届かないであろう声を発した。




「そんなところで泣いてどうしたんだい?」



後ろから声がした。でも違う。私に向けての言葉じゃない。だって私の姿が見える人なんていないから。

「君だよ。シオンの前で泣いてるあなた」

私は思わず振り向いた。

そこには優しく微笑むお年寄りのおばあちゃんがいた。

「私のこと、見える、の?」

「もちろんだよ。ちゃんと見えてる。ちゃんと聞こえてる」

するとおばあちゃんは話し始めた。

「私ね。いつのことか分からないけど、ここら辺で不思議な本に出会ったんだよ」

「……っ」

「昔はここに図書館があったんだよ。昔っていつか分からないけどねぇ。もしかしたら前世の記憶だったりするのかもしれないねぇ」

「図書館、ありました……」

「それで、大人になってから気づいたんだよ。本が浮くなんてありえないって。だったらなんであのとき本が浮いて見えたんだろうってずっと考えてたよ」

「それは……」


「あなた?」


「え?」



「あの時、本が浮いてたのはあなたが本を持っていたからかい?透明人間さん」

「どういうこと?……」

「分からない。でもそんな気がしたんだよ。人間がほとんどいないこの世界で、私たちはここに集まったんだよ。図書館。私と透明人間さんが出会った場所にね」




「何度生まれ変わっても、忘れないさ」

その言葉が欲しかった。私は今まで誰にも見られなくて、誰にも話しかけられなかった。

そして周りはみんな消えていく。

私はずっと孤独だった。

でもたった今、それが変わった。


あの時出会った子供が戻ってきてくれた。透明人間である私を見ることができるようになって生まれ変わってくれた。



「ありがとう」


そう言って、私はおばあちゃんを抱きしめた。









※変更内容
5/22(水) あとがきを削除しました。

5/21/2024, 2:14:35 PM