『だから、一人。』
無機質、と言うには少し違う。その部屋は、無感情という表現がふさわしいように思えた。椅子に浅く腰掛け、まっすぐにこちらを見ている男もまた、無感情な瞳をしている。嫌になるくらい晴れた日だった。
「___早く去れ。」
彼はそう言って、ふいと視線を逸らした。青くて透明な瞳。そこには何も映っていない。かつて好奇心に輝いていた光は、彼が大事なものをなくしていく度に薄れ、そして消えていった。
「私は、」
「去れ、と言ったのが聞こえなかったのか。」
冷たい声だ。異議を唱えようと上げた声はあっさりと封殺される。彼はもはや、こちらを見ようともしない。
少しの沈黙を経て、私は目を伏せた。そうでもしないと泣いてしまいそうだった。ああ、この人は。
「……失礼いたします。」
「ああ。そして二度と来るな。」
この人はどれだけ孤独なんだろう。
そっと退出の礼をする。再び顔を上げた時、彼はこちらに背を向けて、窓の外を見ていた。
その背中に強がりを感じるのは私の願望だろうか。その声に痛みさえ感じるのは、私の。
___大事な人など作ったところで、すぐに消えるのが関の山だ。私は呪われている。
いつかの彼の言葉だ。独り言のように呟かれたその言葉の虚ろな響きが、今も私の頭にこびりついている。あの時あなたに言葉を返すことが出来たなら、あなたは今ほど孤独を愛してはいなかった?
屋敷のある丘を下りながら、私はつらつらとどうにもならないことばかり考えていた。どれだけ考えても、どれだけ願っても、過去は変わらない。変えられるのは未来だけで、未来を変えるにもまた相応の力が必要だった。その勇気も、力も、私にはない。
私はきっと、明日もあなたを訪れる。そして今日と同じ言葉を返されて、またこうして坂を下りるのでしょう。
あなたを救えるほど強くはない。拒絶を跳ね返して傍に居続ける度胸もない。あなたの心に土足で踏み込めるほどの図太さもない。
「……」
臆病な私は、何も出来ない。
7/31/2023, 5:43:22 PM