いつもと同じ。朝の教室。
「おはよー!」
ただ、今日の気分は最悪、ドン底。
それなのに、何も知らない君は、いつものように脳天気な挨拶を向けてくる。
「おはよう……」
あまり相手をする気にもならなくて、適当に手を振る。
そんな様子に気付いているのか気付いていないのか、全く気にする素振りも見せず、君は僕にそのまま近寄ってきた。
「いぇーい! 後ろの髪の毛はねてるぞーおもしろー」
……これは本当に、何も気付いていないのか。
髪の毛をツンツン引っ張ってくる手を振り払い、席を立ち上がる。
「どこ行くんだよ? もうすぐ朝のHR始まるぞ」
「ほっとけよ」
何もかも面倒になって、教室を出ると、誰も来ないだろう屋上へと向かった。
朝のHRが始まると言ったのは君なのに、なぜか後ろをついてくる。一人にしてほしいのに。
「なんでついてくるんだよ」
振り返らず、君に尋ねる。
背中から返事が飛んでくる。
「だって、なんか、泣いてるから?」
「泣いてない」
「泣いてんじゃん」
君が肩を掴んで無理やり振り返らせる。
自分では泣いてないと思っていたのに、どうやら泣いていたようだ。冷たいものが頬を伝っていく。
「ほら。これでも食えって」
突然、手に握らされたのは――バナナ。
「……なんだよこれ」
「バナナ」
「見ればわかるよ」
「美味いぞ」
「もうほっとけって」
「えーほっとけないって。バナナが嫌なら納豆」
「どこから納豆出したんだよ」
「美味いぞ」
「答えになってねえ!」
「でもこんなやり取りしてたら、涙も止まるじゃん」
ハッとして、手を顔にあてる。たしかに、気付けば涙は止まっていた。
……なんだか、全てがアホらしくなってしまい、思わず笑う。
「いいじゃんいいじゃん。笑えるじゃん」
「もう……おまえのアホな顔見てたら笑えてきたんだよ」
「なんだよ。おまえも笑える顔してるぞ。涙の跡でぐちゃぐちゃで、笑える」
「失礼だな!」
そして、二人して顔を見合わせ、また大きな声で笑った。
「何やってんだ、HR始まってるぞ!」
その声を聞いてか、階段の下から先生の声がする。
それでも、僕らの笑い声は止まなかった。
『涙の跡』
7/27/2025, 9:12:23 AM