秋埜

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 天国なら簡単さ。ここにある。
 君は骨格標本の胸あたりを指差してそう言った。天国は肋骨の内側。
 地獄は?と僕が聞けば、君は少し意地の悪い笑顔を浮かべて、銃口を押し当てる仕草で君自身の頭を指差してみせた。
 君の頭蓋から溢れ出した地獄は濁流のように世界を飲みこんでしまったのだけど、それはまだ二十年くらい先の話。
 僕たちは博物館のリノリウムの床を踏み、人類の歴史を逆さまに辿っていく。積み上げられた頭蓋骨の写真だとか、きらきらと輝く刀身だとかの間を縫って。
 君が何の躊躇もなく押したボタンは、僕の住んでいた街ごと、僕と僕の猫を焼き尽くした。だけどそれはまだ先の話。
 天国は肋骨の内側、地獄は頭蓋骨の中。
 君の天国は君の肋の中固く閉じたまま、誰にも、君自身にも開かれることはなかった。今この瞬間に僕が君の手を取れば、何かが変わるだろうか。
 だけど残念ながら僕は未来を知り得ない。数日後に君と喧嘩をして物別れに終わることも、それ以来肋骨の内側に君の形の空洞を抱き続けることも、未だ知らない。

5/27/2023, 12:23:08 PM