モニ

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「蚊取り線香つけどげや」
毎夏 これが母の口癖だった

東北の片田舎にある私の実家は
絵に描いたような日本家屋で網戸が無かった
現代の様に文明が発達していなかった当時は
エアコン等のハイカラな物は無く
自然頼りで涼を取るしかなかった
結果 窓を全開にするしかないのだ
今の様に猛暑になる事は滅多に無く
これでなんとか夏を乗り越える事が出来た
しかし不法侵入の虫がわんさか入ってくる
その防虫策として蚊取り線香をたくのだ

私はこの匂いを嗅ぐと
母を思い出すと同時に夏を感じる
母の肉声はもう二度と聞くことは出来ないが
この匂いを嗅ぐと脳内で母のあの声が再生される

「蚊取り線香つけどげや」

今年も14歳になる孫とやるはずだった花火を
横目に蚊取り線香最後の一枚を取り出し火をつける
煙がもくもくと空へのびてゆく

これが私の人生最後の蚊取り線香になるだろう
私はもうすぐ母のもとへ行く
蚊取り線香が徐々に短くなっていくとともに
私の命も毎秒少なくなっているのだろう

「お父さーん ご飯できたよ-」

嫁にはまだ言い出せていない
いずれ言わなければ
どんな顔をするだろうか

最近の朝晩は肌寒く感じることが多くなってきた
秋の気配が肌に忍び寄る今日この頃
まもなく消え落ちるであろう私の命
独り見つめている





7/1/2025, 2:13:18 PM