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『日の出』

昨日の夜から寝ていない。
徹夜して何をしているかというと、俺の推しである個人ブイチューバーがチャレンジしている『24時間耐久バイオハザード三部作クリアまでやります』的な配信を視聴しているのだ。
実際のところは適当に視聴を切り上げて早めに寝ようと思っていたのだが、ブイチューバーが配信内でリスナーに質問した『皆はお餅って食べた?どんなお餅が好き?』に対して、リスナーたちが『醤油つけたやつ』や『ずんだもち』や『納豆をつけると美味い』などと答える中、俺は『きなこもち』とコメントした。
その何気ない俺のコメントがブイチューバーに見事に刺さったようで『きなこ餅!わたしも好き!美味しいよねー』などと返答してもらえた。
眠気は吹っ飛び、一気にテンションが爆上がりした。
べつに推しのブイチューバーがきなこ餅を好きだったからではない。他のリスナーの意見を差し置いて、ブイチューバーが俺の意見に賛同してくれたのが嬉しかったのだ。ブイチューバー視聴勢のリスナー初心者にありがちな、自分だけ特別扱いされているような錯覚に俺は陥ってしまっていた。
(ふふ……寝るのはやめて見守ろう……ああ、そうだ、返信しないと……『きなこに混ぜる砂糖に少しだけ塩混ぜるともっと美味しくなるよ』と……いや、まて、なんか教えたがりおじさんみたいでキモいか。それにここでしつこくコメントすると他のリスナーの手前、マウントとってるみたいで感じわるいよな……うん、ここは黙っておこう……)
書きかけていたコメントを消去する。
こういう時にどうすればいいのかが俺には分からなかった。
ひとつだけ分かるのは今になって文章にして見直すと、だいぶ気持ちが悪い行動と心境ということだけだ。

そんなこんなで時間は過ぎてゆき……
プシっと酒の缶を開ける。ちびりと飲む。本日6本目の缶チューハイだ。
気が付けば時刻は朝の7時過ぎだった。
(もう朝か……)
「……やばい、眠くなってきた」
イヤホン越しにブイチューバーが弱音を吐く声が聞こえてくる。
(俺もやばい。なんか体が震えてる……)
思いつつ、本日2本目の缶コーヒーを手に取りゴクゴクと飲み干す。
アルコールとカフェインが胃の中でちゃんぽんになって化学反応を起こした結果、わけのわからない感じの体調になっていた。

椅子から立ち上がり、部屋の電気を消してカーテンを開ける。
ベランダから覗く空は日が昇っており明るかった。
(うわ!朝だ!)
『日の出』じゃん、おめでたいなぁ、というような粋な感想は朦朧とした頭では出てこなかった。
部屋の中の空気を入れ替えるために少しだけベランダの戸を開ける。
刺すような冷たい朝の風が吹き込んできた。
酒とコーヒーの混合物によって震えていた体が、今度は冷気によってぶるると震えた。
(おー、さぶっ! でも少しだけ頭がスッキリしたぞ!)
大きく伸びをして『日の出』がもたらす太陽光と朝の新鮮な空気をその身に受けて気合いを入れ直した俺は再び椅子に座ると、推しのブイチューバーの配信にこうコメントした。
『がんばれ!あと15時間だ!』
彼女に告げるというよりは、自分自身に言い聞かせているような感覚であった。

1/4/2025, 3:56:24 AM