放つ言葉に力を込めて
「ヤダーー!!もうやりたくないー!!学校が爆破されればいいのになぁ!!そしたらやらずに済むのになぁ!!」
「君は言霊、というものを知っているかね?」
進まない問題集に文句を言う僕を見かねてか、先生はそんな問を投げかけた。
「コトダマ、ですか?ビー玉の類似品か何かで?」
どうやら僕の推測は的をはずれていたようで、先生はリズミカルに指で机を叩く。この行動をとる時、先生はだいたい不機嫌だ。
「言に霊とかいて言霊だ。かつてより日本で信じられていたものでね。言葉を声として発することで、現実の自称に影響を与える、言葉が持つ力だ。良い言葉には良いことが、悪い言葉には悪いことが起こる。」
そして先生が長い前置きをするときは、大抵その後に文句が続く。
「それで、言いたいことは?」
「問題集が終わらないだの爆破すればいいのにだの言ってそれが影響する前に、さっさと手を動かせ。」
「先生だって原稿をためて編集さんに怒られてた癖に。」
子気味よく鳴り響く破裂音。嵐のような怒号と雷のような悲鳴。あまりの騒がしさに耳を塞ぐ。
「さて、君の願った通り学校が爆破されている事だが……どう思っているのかね?」
「先生がコトダマとか言ったから本当になったんじゃないですか。」
「ああ言えばこう言う。君が大人しく課題をこなしていればテロリストに襲撃されず済んだんだよ。」
「別にテロリストとかは言ってないです。といいますか、なんで先生がここにいるんですか?」
「ここにいる友人にある本を届けに来たんだよ。君に会うつもりは無かった。今頃はカフェにでも行って優雅に紅茶でも飲むつもりだったんだ。」
「紅茶とか言ってマスターに講談でもたかるつもりだったんでしょう。」
実に愚かな現実逃避。僕が望んだのはあくまでも事故的な爆破であり、人死も建物の損壊も望んでおらず、真の望みは学校の臨時休校だったのだが。
嫌だ嫌だと言いながら学校に行けば突如教室に入ってくる黒ずくめの男たち。そこから始まる爆発カーニバル。阿鼻叫喚の中逃げ出して鉢合わせたのは頼りない作家で家庭教師の先生だったというわけで。僕も先生も特殊な家の生まれだったり秘密部隊の潜入捜査官だったりもせず、平々凡々、か弱い男の子なのでどうしようも無い。警察の到着を待つばかりであった。
そうもしている間に、悲鳴は近づいてくる。酷い硝煙と血の匂いが鼻をつく。先生の顔色も酷いもので、ただでさえ青白い顔色が死体のようになっている。
「デリカシーというものが無いのか君は。この状況で死体という言葉を言うな殴るぞ。」
「相変わらずのお口が聞けるということは元気ですね!まああと数分後には死んでるかもしれませんが!」
「君にはまず道徳教育をした方がいいようだ。」
「ああ、本当に君があんなことを言わなければ良かったものを!」
「過ぎたことはしょうがないですよね!撤回も出来ないですし……ん?」
言霊とは、言葉を声にすることで言葉を現実にする、事象に干渉する力だ。良い言葉は良いことを、悪い言葉は悪いことを。
僕が爆破しろと悪い想像を言葉にしたからテロリストに占拠され、爆破テロに巻き込まれた。
それなら、この状況を打開する良い言葉を声にすればいいのではないか。
「私の話し方が悪かったんだろうが、言霊は絶対に起こるものじゃないぞ。どちらかと言えば信仰と心の持ちようによるもので」
「とは言っても何を言えばいいんですかね。テロリストみんなすっころべとか?」
「話を聞け。まあ、それだと無力化出来ないだろう。すっ転んで気絶とかにしておけ。気休めにしかならないだろうが。」
たとえ気休めだろうと、頼りたくなるのが人の性。言わない言葉より言う言葉。1回奇跡を起こせたんだから、もう一度起こったっておかしくはないだろう。
どうか、この言葉が本当になるようにと祈りながら。放つ言葉に力を込める。
「テロリストがみんなすっ転んで気絶して警察にそのまま捕まりますように!」
柏手1つと共に放たれた言葉は、大きな打撃音と共に学校中へ響き渡った。
しんと静まり返った校舎には、確かな人の息遣いが木霊している。
先生はハンカチで口を覆いながら、教室の扉を開けた。
「嘘だろ。君超能力者か何かか?」
後を追うように外を除けば、重装備のテロリストが、地面に突っ伏していた。
とどめを刺すように、サイレンが近づいてくる。
「僕、超能力者かも知れないです。」
言霊が強すぎる生徒と巻き込まれる家庭教師の話。
10/7/2024, 2:46:25 PM