《夜空を駆ける》
ポーーー、ガタンガタンガタン……。
汽笛を鳴らして、夜空を駆けるは漆黒の蒸気機関車。
その列車に乗っているのはジョバンニでもカムパネルラでもなく……、
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「……い、……蒼戒、あーおーいー!」
肩をゆすられて、俺、齋藤蒼戒はハッと我に返る。
「ったくオメーはいつまで経っても降りてこないから心配になって来てみればなんでこんなところで寝てんだよ? つーかよく寝れたな!」
「…………春輝?」
俺の肩をゆすっていたのは双子の兄、春輝。
あ、そうだ、今日はお盆最終日。ふと思い立って姉さんの愛読書だった宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んで、今は屋根の上にいるんだっけ。
「ったくオメーはよー、全っ然降りてこないから心配したんだぞ! 最近忙しそうだし疲れてるのはわかるけど寝るなら布団で寝ろ!」
「…………悪い」
尋常じゃない怒りっぷりに、俺はとりあえず謝っておく。
「悪いじゃねーよ! 落ちたらどーすんだ!」
「まだ落ちてない」
「まだじゃねーか馬鹿野郎! もうしばらく屋根上がっちゃダメ!」
「ハイハイ、とりあえず降りるか」
春輝を適当にあしらって、とりあえず部屋に入る。
「そーいやお前何持ってるの? 本?」
「……ああこれか、姉さんの部屋にあった、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だ」
「なるほどそれで屋根に上がったわけか。今日は天気いいから星もよく見えるし」
「おかげで銀河鉄道の夢を見た」
「へー、蒸気機関車かー、いいなー、カッケーよなー」
春輝が目を輝かせて言う。
「まあ蒸気機関車なんてそうお目にかかれるものでもないしな」
「だよなー。乗ってみてーなー、蒸気機関車」
「海外に行けばワンチャンあるか? ヨーロッパの方とか」
「いいなそれ! いつか一緒に行こうぜ!」
春輝が笑顔で俺に言う。
そんな笑顔を見て、やっぱりこいつは太陽のような奴だなと思う。俺と対照的で、未来ばかり見る、明るい太陽。
「……まあ、いつか、な」
対する俺は、光がほとんど当たらない、冥王星のようなもの。銀河鉄道の蒸気機関車が駆ける、夜空の星々にも混じれないような、暗い星。
「やった! 約束、な!」
無邪気に小指を差し出す春輝に、俺は苦笑しながらも自分の小指を差し出した。
「ハイハイ、約束約束」
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ポーーー、ガタンガタンガタン……。
汽笛を鳴らして、夜空を駆けるは漆黒の蒸気機関車。
その列車に乗っているのはジョバンニでもカムパネルラでもなく……、俺たちの姉さん。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』では、最後にカムパネルラが溺死してしまう。だから銀河鉄道は天国に向かっているのではないかと言われている。
奇しくも俺たちの姉さんはカムパネルラと同じく、溺死。
だからきっと、姉さんは天国に向かっているはずだ。もしかしたら、ずっと前から天国にいて、お盆の間戻って来て、今帰っていくところなのかも。
要するに何も、心配することはない。もちろん、あの人が俺に心配されるようなタマじゃないのは重々承知しているが。
夜空を駆ける銀河鉄道の中、姉さんが一瞬こちらを向いて、微笑んだような気がした。
(おわり)
2025.2.21《夜空を駆ける》
2/19《あなたは誰》、2/20《ひそかな想い》書きました!読んでくれたら嬉しいです!
2/21/2025, 4:32:41 PM