『ある少女はお姫様』
今でも夢見てる。
夢見がちなお姫様と、迎えにきてくれる白馬の王子様。
今日もほぼブラックのような会社に努めて、
仕事が終わる頃にはぐったりすやすや…
酒さえも嗜める様子は微塵もなくて、
ただ胸の奥に、世界から剥離された感情が詰まっていく。
そんな毎日、ある日の帰り。
最近オープンしたという服のブランド『夢見がちなお姫様と白馬の王子様』がある通り。
やけに夢可愛い紫やピンク、水色の淡い光が店一帯を染めている。
その世界観は外からでも分かる程異端で、
可愛いながらもどこか危なっかしい雰囲気を窓の外までふんわりと映している。
あぁ、自分も夢見ていたなぁ。
昔、まだ夢と希望を持って生きていた頃。
「わぁ!これかわいい!」
「ねぇ、おかあさんこれかってよぉ」
「ダメよ。高いじゃない。第一こんな可愛らしい服貴方に似合わないわ」
「…そっかぁ」
自分は着せてもらえなかった。
周りの子達はフリフリで可愛い服を持っていて私は地味。
「貴方にはそっちの方が似合うわ」って言われて諦めて。
でも、心のどこかでは夢見てたんだよなぁ。
自分がお姫様になる物語を。
「では、こちらの服はいかがでしょうか?」
「へわっ!?」
少々女らしさを感じない叫びをしつつも、いつのまにか店内に入っていた自分に驚く。
「えっと、こ、こちらの服って……」
「えぇ、こちらの服です」
そういって店員さんが優しく差し出してきたものはまさにお姫様といったような、
水色と紫色のレースがふんだんに使われて丁寧にあしらわれたであろうドレス。
横に小さくついているふわふわのポシェットが乙女心をくすぐる。
「で、でも私が着るのは…」
「お客様、この服は私が選んだのではなく、貴方が選んだんです。選ばれたんです。」
と店員さんはゆっくり目を細め、私の心を見透かしたようにドレスと私を重ねて見せた。
「似合っている似合っていない関係なく、貴方は選ばれたんです。この服に。」
「「だから、来てください」」
店員さんの静かで優しくありながらもどこか強い意志を感じるその言葉に、
私は自然とドレスを手に取り、試着室へと足を進ませていた。
試着室では服の仕様に戸惑うところもあったがなんとか着ることができた。
可愛かった。
近くにあった写し鏡を上から順に爪先までしっかりと見て感じた。
「可愛い」
鏡の前で「ふふっ」と笑って見せたり、
少し歌ってみたり、紅茶を飲む素振りをしてみたり。
まるで本物のお姫様だった。
ふと、ピト、と手を鏡につけてみた。
見えないはずなのに、鏡の奥にはお姫様になれる世界が広がっているような。
そんな感じがして、見えないお城に手を伸ばした。
「はーい。今日はここまでね」
「えーなんでぇ~?もっと聞かせてよぉ~」
「こーら。本当のお姫様はもう寝てる時間よ?」
「んむぅ~じゃあねるー」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさぁーい」
夢見がちな少女の夢の中では、王子様とお姫様がキスをしていたんだとか。
リーンゴーンリーンゴーン
聞こえてくる鐘の声、舞踏会の始まりかしら。
お題『鐘の音』
遅れてしまい、申し訳ありません…🙏
捕捉
来てくださいは着てくださいと掛けています。この服を着てくださいとこちらの世界に来てくださいという掛けです。鐘の声も、音ではなく声と表したのは「こちらにおいでよ」と鐘が呼びかけている感じです。
8/5/2023, 3:36:01 PM