sairo

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「なんだ。此処は客人に茶の一つも出さんのか」
「ババアなんぞ呼んでねぇよ。さっさと帰れ」

目の前で繰り広げられるやり取りに、どうするべきかと内心で頭を抱える。
表面上は穏やかではあるものの、紡がれる言葉は平穏とはほど遠い。 このままいつ争いが始まったとしても可笑しくはない状況に、止める術を求めて視線を彷徨わせた。

「大体なんだ。後ろの奴らは」
「妾の子だ。可愛らしいだろう」

ふふん、と笑う女性の背後。姿勢良く座る少年と少女に視線を向ける。
静かに座っていながらも、手を繋ぎ。繋いだ手を、相手を見て、ふわふわと笑い合う二人の姿はとても微笑ましい。

「何が子だよ。片方は人間じゃねぇか」
「ひ孫だ。前に会った事があるだろうに、忘れたのか」
「はぁ?嘘だろ。あの時の人形擬きが、後ろにいるガキだってのかよ」

信じられない、とでも言いたげな彼の大きな声に、思わず肩が揺れる。
同じように肩を跳ねさせ、慌てて前を見る二人に申し訳なくなった。

「あ、ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
「気にしないで。うちの馬鹿が大声を上げて、ごめん」

しゅんとする二人に、慌てて声をかける。
いい加減にしろ、と彼を睨めば、何故か顔を赤くして目を逸らされた。
ぶつぶつと何かを言っているが、上手く聞き取れない。
どうするか、と暫し悩み。だがおとなしくなったのだから、と取りあえずは放っておく事にした。

「その。すみません、煩くて」
「気にするな。そこな小僧が騒々しいのは昔からの事だ。寧ろ静かな小僧は落ち着かぬ」

気分を害している様子はなく、逆にこの状況を愉しんでいる女性に、何とも言えない気持ちになる。
そうですか、と相づちを打てば、彼女の視線が少し柔らかくなった気がした。

「此方方の祝言に参らず、すまなんだ。満たすのに、時間を要してしまってな」
「満たす?」
「ひ孫の事だ」

そう言って背後の二人を見る女性に倣い、同じく視線を向ける。
頬を染めて軽く俯いた少女と優しく寄り添う少年は見ていて微笑ましいが、満たす事の意味は分からないままだった。

「言葉だけが素直でなかったからな。満たすのは容易だと思っていたが、存外乾いていたらしい」

さらに頬を染める少女に女性は柔らかく笑いかけ、おいで、と手招いた。躊躇しながらも側に寄る少女を膝に抱き上げて、優しく頭をなで始める。

「言葉を、想いを注ぎ、漸く素直になってな。此方方を祝いに来たのだ」
「ありがとう、ございます?」
「礼なんぞ、必要ねぇ。どうせガキ共を自慢しに来たついでだ」

不意に腰に手が回り、引き寄せられる。
振り返れば、不機嫌そうに顔を顰めた彼と視線が交わり、その子供染みた様子に溜息が溢れ落ちた。
面倒だな。そうは思うが客人の前だ。
先ほどのやり取りをされるよりは良いかと、彼の頬に触れた。

「先輩」
「それは飽きた」
「…旦那様」

本当に、面倒だ。
だが効果はあったらしい。途端に黙り込む彼を一瞥して、三人の元へ向き直った。

「贄を娶ると聞いて心配ではあったが、仲睦まじいようで何よりだな」
「いえ、そんな事は」

気まずさに、視線を逸らす。
彼と契る事に了承はしたが、彼を好いているかはまた別の話だ。
飽きられ捨てられる事がないと言われたのだから、受け入れるしかない。そこに好意は関係ない。
元が贄でしかない自分には、必要のないものだ。


「誤魔化し続けると、それが本当になる」

静かな声に、視線を向ける。
女性の膝の上。愛でられながら、真っ直ぐな少女の目と視線が交わった。

「本当になってしまえば、自分が分からなくなる。分からなくなれば、ただ苦しいだけ」
「それは」
「もっとたくさん声を聞けば良い。必要かそうでないかは、その後考えても遅くない」
「言うじゃねぇか。何事にも興味を示さなかったくせに」

彼の腕の力が、強まる。
無理矢理向きを変えさせられて、そのまま包み込むように抱き込まれ、僅かに息苦しさを覚えて眉が寄った。
離してほしいと彼の胸を叩き訴えても、腕の力は一向に弱まる気配がない。

「余計な世話だが、オマエらの真似事も悪くはなさそうだな」
「最初は逃げ出すが、それを追うのも悪くはなかったぞ」
「悪趣味なババアだ」

彼が鼻で笑う気配に、同族嫌悪の文字が浮かぶ。
声に険がないため急に争い出す事はないのだろうが、会話の内容が不穏でしかなく、叶うならば今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。

「顔を赤らめて、恥ずかしいと涙目で縋られるのは、大層愛らしいものだった。小僧も好きだろうに」
「ひいばあちゃんっ!」
「まぁ、確かにな」

段々に不穏が増す会話に、焦ったような少女の声が混じる。
可哀想に、と思うものの、続く彼の同意の言葉がそれすら気にする余裕をなくしていく。

「ひとつひとつ。想いを紡いで、たくさん注いでいくと、応えてくれます。人間も妖も変わらない。満たされて、手を取って笑ってくれる小夜《さよ》はとても綺麗で、愛しい」

甘く優しく。それでいて愛しさに溢れた少年の声に、少女が声にならない呻きを上げる。
それにつられて、自分の事ではないはずなのに、何故か恥ずかしくて頬が熱を持つのを感じた。

「此処で惚気るな。帰れ」
「そうだな。伝えるべき事は伝えた事であるし、戻るとするか」
「ガキ共の祝言の時には呼べ。冷やかしに行ってやる」
「小僧も大概素直ではないな」

ふっ、と笑う声と共に、柔らかで澄んだ風が吹き抜けた。
見送りぐらいはすべきだろうと身を捩るものの、それでも彼の腕の力が緩む事はない。
はぁ、と溜息をひとつ。
風が止んで静かになった部屋に、疲れと共に吐き出した。


「まぁ、なんだ。そういうわけだ」

呟く彼の声と共に、漸く抱き竦めている腕の力が弱くなる。
もぞもぞと身じろいで、顔を上げて彼を見る。
いつものように笑う彼の耳が赤い事が不思議で、可笑しかった。

「狼や雀の真似は少し癪だが、満たしてやろう」
「何それ」

満たす意味を知って、それでも知らない振りをする。
恥ずかしさと、不安と、一抹の期待に、彼の服を掴んだ。

「愛を注ぐって事だ。覚悟しろよ、オマエさん?」

耳が赤いままでは、かっこよくはないな。と。
現実逃避染みた事を考えながら、額に触れる彼の唇を受け入れ、目を閉じた。



20241214 『愛を注いで』

12/15/2024, 7:23:02 AM