薄墨

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「ごめんね」
一緒に言った。
ジーーっと虫が鳴いていた。

日暮れの空は、青暗い。
目の奥がくすぐったいような気がして、目を細めると、アイツも同じように笑っていた。

微かに夏の匂いがする。
手首に張り付く布が、風で靡く。

右手に嵌められたアイツと目を合わせる。
アイツの目の奥が揺れる。舌のない口が開け放しになっている。

サーカスのテントが遠くではためいている。
音もなく。色もなく。

物心ついた時から、僕はピエロだった。
サーカスで、たった1人の肉親のアイツと、僕は毎日芸に励んだ。
僕の右手にずっと一緒にいる、パペットのアイツと。

アイツからほつれた刺繍糸が、風にはためく。
サーカスのテントと同じように。

アイツが色を食べることを知ったのは、最近のことだ。
僕の右手が、絵の授業で描いたクロッキーのように味気ないのは、そのせいだったのだ。

アイツは色が大好物だ。腕を通せば、腕の色を食べる。
アイツは色が大好物で、でも色を食べると周りが困ることを知っている。
だから、アイツは怒ると色を食べる。口から。口をパクパクと動かして。

今日はちょっとやりすぎたのだ。
パパがあんなことを言うから。
みんな我慢の限界だった。パパ_と自分を団員に呼ばせている_横暴な団長にウンザリしていた。

それは僕も、アイツも一緒だった。

パパにはもう会いたくない。
パパは僕の右手が嫌いだった。
変な右手の僕を愛してくれる人はいなかった。
僕はいつも2人だった。アイツと2人きり。
パパにいじめられて疲れ切った大人たちは、何も教えてくれなかった。

でもこれだけは分かる。
謝れないのは悪いことだ。パパとおんなじだから。

だから僕たちは一緒に謝る。
サーカスのテントに向かって。
「ごめんね!」

モノクロのテントが風に靡いている。
僕の右手に嵌められた、アイツのほつれた刺繍糸は、鮮やかに、いつまでも、はためいていた。

5/29/2024, 12:18:45 PM