しそひ

Open App

「桃弓、明日誕生日だったよな。おめでとう。欲しいものはなにかあるか?」
その言葉で明日は自分の誕生日だと言うことを思い出した。もう少しで成人するという年齢なのに……自らの記憶力が心配で仕方がない。
「ああ、うん。ありがとう。欲しいものか……」
正直に言うとそんなにない……物欲はない方だと自他ともに認められるレベルなんだよ、俺さ……
ただ、物ではないけど欲しい人が目の前にいるって言ったら……ビビるよな、やめようやめよう。いや、だって今まで出会ったことのないくらいに一緒にいると心地よくて、楽しいからさ。欲しいと思ってしまうのは当然だろ。ずっと傍にいたいのも当然だ。いつか言えたらいいのにな、
「おい」
「あっ、ごめん鬼若。中々思い付かなくて黙り込んじゃって……」
長い沈黙は流石に彼でも怒らずにはいられないようで……非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「…………」
「本当にごめん。……人からも物欲がなさすぎるとかなんとか言われまくってて。こういうことがあるから直そうとは思ってるんだけど」
「違う…………」
「え」
な、なにが……?
「あの、なんのこと」

「桃ちゃん!!!俺さ!第三者目線から聞いちゃったよさっきの桃ちゃんの独り言!!!!一番欲しい物のこと聞かれて告白なんて大胆すぎない!?」
「な、何言ってるんだ犬山……!?俺はなにも……なあ、鬼若」
「…………おま、心の声全部漏れてんだよ…………」
馬鹿正直に全部言いやがって、などと伝えられたときに、あそこで思っていたことが全て口に出されていたということに戦慄した。や、やばい。鬼若顔覆ってるし完全に引かれてる……!!!
「あっ、えっ、ええと、急に変なこと言ってごめん……気にしないでほしい」
「…………」
「お、鬼若……」
「……桃弓は嘘をつかないことを、俺はよく知っている。さっきのは、本心からの独り言だよな」
「……うん、心からの」
「言わせてしまうようで悪いが、もう一度だけ、俺に言ってくれないか」
「……え、鬼若、それって」
「一番欲しいんだろ?俺が。そんな光栄なことを、独り言で済ませてほしくない。聞きたい。お願いだ、俺に直接言ってくれないか……」
夕暮れ時である今であっても分かるくらいに、真っ直ぐ俺を見てくれている鬼若の顔が赤く染まっていることを、この目で確認した。
「好き。本当に、鬼若のことが大好きなんだ。俺と、ずっと一緒にいてくれないか」
口は勝手に動いていた。こんなこと俺が言っているのかと自分自身に驚いていた。
「……ハハ、俺もだよ……大好きだ、桃弓」
ずっと思ってた。鬼若は、優しくて安心する声だと。
今日気付いた。こんなにも、温かくて、全てを包んでくれそうな声をしていたことを。
誕生日前日だぞ、今日。世界で一番欲しい物を手に入れてしまった俺は、これ以上何をすればいいんだよ。
幸せだなあ。離したくないなあ。
皆の祝福の声よりも鮮明に響いた愛してるの一言が、俺を貫いて、抜けてくれなかった。

7/21/2023, 10:47:05 AM